「ものみの塔」研究 ― 2026年8月3-9日の週

Estudio de La Atalaya para la semana del 3 al 9 de agosto de 2026

ほかの人が決めたことを尊重する

ポイント: 兄弟姉妹が自分とは違う決定をした時に,どのように敬意を示せるか。

主題聖句: ローマ 14:1。「異なる意見の善しあしを決め付けてはなりません」。


1,2. 兄弟姉妹が自分とは違う決定をすることがあるのはどうしてですか。

答え1:
人によって受けてきた教育や経験が同じではないので,違う決定をすることがあります。文化や家庭環境や状況は,考え方に影響を与えます。こうした違いは自然なものですが,会衆の平和や一致を損なうことがないようにしなければなりません。

答え2:
エフェソス 4:3は,平和という絆で結ばれ,いつも一致していられるよう真剣に努力するよう勧めています。一致は,全員が全く同じ意見を持つことによってではなく,自分の好みよりも愛と平和を大切にすることによって生まれます。

答え3:
エホバを心から愛する2人の兄弟が,個人的な事柄について違う結論に達することがあります。だからといって,どちらか一方の方が信仰が強いというわけではありません。それぞれが異なる状況に聖書の原則を当てはめ,エホバの前で責任ある決定をしているのかもしれません。


3. 兄弟姉妹の決定を批判したくなるのはどうしてですか。

答え1:
相手を守りたいという誠実な気持ちから,その決定を批判したくなることがあります。自分の経験から,何が相手のためになるか分かっていると思い,説得しなければと感じるかもしれません。でも,善意があるからといって,相手の個人的な決定全てに口を出す権利があるわけではありません。

答え2:
格言 17:17には,真の友はどんな時にも愛を示す,とあります。愛があるので,兄弟姉妹が傷つくことを避けたいと思います。でも,同じ愛が,本当に信仰を危険にさらす問題なのか,単に意見が違うだけなのかを見分ける助けにもなります。

答え3:
自分の決定が一番良いと強く確信している時にも,ほかの人を批判してしまうことがあります。いつの間にか,「自分ならこうする」という考えが,「みんなこうすべきだ」という考えに変わってしまうかもしれません。自分の経験は,ほかの人を拘束する聖書の律法ではないことを覚えておく必要があります。


4,5. あるクリスチャンが自分ならしないような決定をした場合,どうすべきですか。

答え1:
まず,その決定が聖書の命令に明らかに反しているかどうかを確かめます。反しているなら,愛に動かされて,思いやりを込めて助けることができます。でも,エホバの律法に反していないなら,自分なら違う選択をするとしても,相手が決定する権利を尊重すべきです。

答え2:
格言 27:5,6は,友からの率直な助言が愛の表れになることを示しています。一方,ローマ 14:1は,意見が異なる事柄について善しあしを決め付けてはいけないと述べています。これらの聖句は,間違った行いを正すことと,個人的な好みを押し付けることの違いを理解する助けになります。

答え3:
ある決定を理解しにくく感じても,兄弟姉妹を説得しようとしたり,そのことをほかの人に否定的に話したりすべきではありません。その人が祈り,調べ,自分の責任をエホバの前で果たそうとしていると信頼できます。敬意を示すことは謙遜さの表れであり,平和を守ることにもなります。


どんな決定を批判したくなることがありますか

6,7. ほかの人の決定を批判したくなる状況を挙げてください。

答え1:
お酒を適度に飲むこと,自分とは違う治療法を選ぶこと,教会で行われる葬儀に出席することを決めた兄弟姉妹を批判したくなるかもしれません。個人的な経験から強い感情を持つことはありますが,自分の意見が全員のための規則になるわけではありません。

答え2:
ひげ,改まった服装,進学に関する決定を批判したくなることもあります。似た決定をして良くない結果になった人を知っているかもしれません。でも,1人の経験から,ほかの全ての人も同じ結果になるとは言えません。

答え3:
ローマ 14章は,クリスチャンが違う決定をしても,どちらもエホバに背いていない場合があることを教えています。それで,昔からの習慣や個人的な不安や悪い経験だけを根拠にせず,聖書と現在の指針に照らして考える必要があります。


8. (ア)親がほかの親を批判し始めることがあるのはどうしてですか。

答え1:
家庭ごとのルールを比べると,ほかの親を批判し始めることがあります。ある家庭では,子供が遅く帰ることや,早い年齢でスマートフォンを持つこと,特定の娯楽を楽しむことを許しているかもしれません。そうした違いを見ると,厳しいルールを設けている親は,ほかの親が甘過ぎると感じることがあります。

答え2:
エフェソス 6:4は,親に,エホバが望む指導と助言によって子供を育てる責任を与えています。各家庭は,子供の年齢,成長の度合い,必要としていることを考慮して,その責任を果たします。ですから,全ての家庭に全く同じルールがあるわけではありません。

答え3:
子供から,「ほかの家ではいいのに,どうしてうちでは駄目なの」と聞かれると,比較しやすくなります。ほかの家庭を批判する代わりに,自分たちのルールの理由を穏やかに説明し,各家庭が自分たちの決定についてエホバに責任を負うことを教えられます。


8. (イ)兄弟姉妹の個人的な決定に疑問を投げ掛けると,どんなことが起きかねませんか。

答え1:
会衆に緊張や分裂を生じさせるかもしれません。相手は,監視されている,あるいは自分の決定をいつも弁明しなければならないと感じるかもしれません。小さな違いから始まったことが,友情を傷つけ,会衆全体の平和に影響することもあります。

答え2:
自分の好みを,一種の暗黙の規則にしてしまうこともあります。聖書が違う決定を認めているのに,ほかの人は,お金の使い方,休暇の楽しみ方,娯楽の選び方を私たちの基準に合わせなければならないと感じるかもしれません。

答え3:
自分の意見を一致より大切にするなら,本当に重要なことを見失うかもしれません。会衆は,全員が私たちの習慣をまねるためではなく,一致してエホバを崇拝するためにあります。個人的な違いを尊重することは,安心できる温かな雰囲気をつくります。


9. どんなことを覚えておく必要がありますか。

答え1:
2つの決定が違うからといって,必ず一方が正しく,もう一方が間違っているわけではありません。クリスチャンは同じ聖書の基準と同じ目標を持っていますが,状況に応じてその基準を適用する方法は違うことがあります。

答え2:
ローマ 14:5は,一人一人が自分の決定について十分に確信しているべきだと述べています。この言葉は,よく調べて責任を持って決定するよう促すと同時に,ほかの兄弟姉妹も別の選択について同じように確信しているかもしれないことを認めるよう助けます。

答え3:
同じ場所に行くために,何人かが違う道や交通手段を選ぶようなものです。同じように,兄弟姉妹は個人的な事柄で違う道を選んでも,同じ信仰上の目的地,つまりエホバに喜んでもらい,エホバとの友情を守ることを目指せます。


ほかの人の決定を尊重すべきなのはどうしてか

10. ヤコブ 4:12によると,私たちにはどんな権限がありませんか。どうしてですか。

答え1:
自分で規則を作り,それに基づいて兄弟姉妹を裁く権限はありません。唯一の立法者で最高の裁判官はエホバです。エホバは一人一人の心,状況,動機を完全に知っていますが,私たちに見えるのはほんの一部だけです。

答え2:
ヤコブ 4:12は,隣人を裁く私たちは一体何者なのか,と問い掛けています。この聖句は謙遜でいる助けになります。経験や会衆での責任があっても,エホバの立場に立つことはできず,全員に自分の基準に従うよう要求することもできません。

答え3:
ローマ 14:10は,私たち全員が神の裁きの座の前に立つことを思い起こさせます。兄弟姉妹はそれぞれ,自分の決定についてエホバに申し開きをします。ですから,私たちの個人的な意見まで満足させなければならないという重荷を加えるべきではありません。


11. 会衆の一致にどのように貢献できますか。

答え1:
エホバが望んでいるのは一致であって,画一性ではないことを認めるなら,一致に貢献できます。エホバはさまざまな人,文化,個性を造りました。それで,違いを楽しみつつ,競争や批判や分裂の原因にならないようにできます。

答え2:
ローマ 14:19は,平和に役立つことや互いを力づけることを追い求めるよう勧めています。これは,強い意見を持っていても,自分のやり方が優れていると証明することより,会衆の平和を大切にするということです。

答え3:
兄弟姉妹について良いことを話すことでも,一致に貢献できます。誰かが違う決定をしても,冗談の種にしたり,批判したり,その人の信仰に問題があるかのようにほのめかしたりしません。敬意を示すなら,全員が会衆の中で大切にされ,安心できると感じます。


ほかの人の意見や決定を尊重するには

12,13. 誰かが「誤った歩み」をしているように思える時,どんなことを自問すべきですか。

答え1:
まず,本当に誤った歩みをしているのか,それとも自分とは違う歩みをしているだけなのかを考えます。誤った歩みとは,聖書の基準を無視することです。一方,自分の好みとは違っても,個人的な決定として十分に妥当な場合があります。

答え2:
ガラテア 6:1は,クリスチャンとして十分に成長している人が,温和な態度でその人を正すよう努めるべきだと述べています。ですから,本当に間違いがある場合でも,厳しく,あるいは見下すように接することはしません。また,自分が介入するのにふさわしい人かどうかも考えます。

答え3:
多くの場合,聖書に反することは何もないと分かるでしょう。その場合,兄弟姉妹に自分で決めてもらい,疑問を投げ掛けたり,否定的に話したりしません。友達に自分と同じ料理を注文するよう強制しないのと同じように,相手の個人的な決定を代わりに選ぼうとはしません。


14. 個人的な決定をする時,会衆の一致にどのように貢献できますか。

答え1:
自分の権利だけでなく,自分の決定がほかの人に与える影響も考えるなら,一致に貢献できます。何かをすることが許されていても,敏感な良心を持つ兄弟姉妹に実際に信仰上の害を与えると分かっているなら,一時的にそれを控えることができます。

答え2:
コリント第一 8:12,13は,兄弟姉妹の良心を傷つけることが重大な問題であると示しています。パウロは,ほかの人をつまずかせないためなら,許されていることを進んで控えました。その手本から,愛があれば自分の自由を進んで制限できることが分かります。

答え3:
これは,ほかの人のあらゆる好みに支配されて生活しなければならない,という意味ではありません。ローマ 12:18は,自分にできる限り,全ての人と平和な関係を保つよう勧めています。自分の良心を尊重することと,ほかの人の良心を思いやることとのバランスを取ります。


15. 長老は会衆の一致にどのように貢献できますか。

答え1:
長老は,個人的な事柄について規則を作らないことによって一致に貢献します。兄弟姉妹から助言を求められた時,自分ならどうするかを単に伝えるのではありません。聖書の原則を分析するのを助け,エホバの前で責任ある決定ができるようにします。

答え2:
コリント第一 4:6は,書かれている事柄を越えないよう勧めています。それで長老は,自分の経験,文化,好みを会衆の規則にしないよう注意します。聖書と出版物が実際に述べている範囲内にとどまります。

答え3:
また,個人的な決定によって,兄弟姉妹が信仰の強い人,あるいは弱い人と分類されないようにします。長老のバランスの取れた手本によって,誰も人間の意見に支配されていると感じることなく,聖書の権威を尊重できる雰囲気が生まれます。


16. 長老一人一人は,長老団の決定を尊重していることをどのように示しますか。

答え1:
長老団が祈り,聖書を調べ,問題を検討した後に下した決定を支持することによって示します。自分の提案が採用されなかったとしても,決定について否定的に話したり,自分の意見を支持するグループを作ろうとしたりしません。

答え2:
エフェソス 5:17は,エホバの望んでいることを理解するよう勧めています。長老たちは一緒にエホバの望みを探り,聖なる力を信頼します。決定が下されたなら,一人一人が謙遜に多数の結論を支持します。

答え3:
組織からの指示を注意深く解釈することでも,決定を尊重します。言葉を文脈から切り離したり,後になって自分の意見の方が良かったと証明しようとしたりしません。忠実さと協力は,長老団の信頼と一致を強めます。


17. ほかの人の決定を尊重すると,どんな良いことがありますか。

答え1:
会衆がもっと温かく居心地の良い場所になります。兄弟姉妹は,違いがあるたびに批判されることを恐れずに,自分らしさを表し,責任ある決定をすることができます。さまざまな年齢,文化,背景の人が,本当の信仰の家族として楽しめます。

答え2:
詩編 133:1は,兄弟たちが一致して共に住むことがどれほど良く,心地よいかを強調しています。個人的な決定を尊重するなら,不必要な対立を避け,平和で幸福な,エホバの崇拝を中心とした会衆を楽しめます。

答え3:
さらに,成熟と謙遜さを示せます。ほかの人が自分にどれほど似ているかで信仰の強さを測るのをやめ,その人の良いところを評価するようになります。そうすれば,多様性は脅威ではなく,エホバの民を豊かにするものになります。


囲み: 「ある決定が良くないように思える時」

その決定は聖書の命令に反していますか。

コメント:
これが最初に考える質問です。道徳上の問題なのか,個人的な好みの問題なのかを区別できるからです。関係する聖書の命令がないなら,その選択があまり賢明でないように思えても,兄弟姉妹が間違ったことをしていると断定する根拠はないでしょう。

育った環境やこれまでの経験は,その決定にどのような影響を与えたでしょうか。

コメント:
その人のこれまでの歩みを知ると,多くの決定を理解できます。家庭,文化,経済面で異なる経験をしてきた人は,リスクとメリットを違う仕方で評価します。そうした背景について考えるなら,思いやりを示し,早まった結論を避けられます。

その決定は本当に本人を傷つけますか。それとも,私は最悪の結果を想像しているだけですか。

コメント:
自分の恐れをほかの人に重ね,最悪の結果が必ず起きると思い込むことがあります。この質問は,証拠のある危険と,単なる推測や以前の悪い経験に基づく心配とを区別する助けになります。

その決定にはどんな良い面があるでしょうか。

コメント:
誰かに同意できない時,起こり得る問題ばかりに注目しがちです。その人がどんな益を得られるかを考えるなら,相手の視点から問題を見て,自分の知らない要素も考慮したのかもしれないと認めることができます。

本当に「誤った歩み」をしていますか。それとも,私とは違う歩みをしているだけですか。

コメント:
これは囲みの中心となる質問です。違いが全て間違いというわけではありません。兄弟姉妹は違う道を選びながらも,エホバの前で正しく歩み続けることができます。そのことを認めるなら,不必要な心配を減らし,良い関係を守れます。

もし誤った歩みをしているなら,私は聖書の観点から助ける資格がありますか。

コメント:
間違いがあるとしても,自分が正すのにふさわしい人とは限りません。全ての事実を知らないかもしれませんし,親や長老が扱うべき問題かもしれません。謙遜であれば,聖書に沿って温和に助けられる時だけ介入するようにします。


写真についてのコメント

9節の写真: 同じ目的地に向かう違うルート

コメント1:
写真は,アプリが同じ目的地に着くための幾つかのルートや交通手段を示せることを描いています。全てのルートが同じである必要はありません。同じように,クリスチャンは違う個人的な決定をしながらも,エホバに喜んでもらうという目標に向かって進み続けることができます。

コメント2:
時間の都合,資力,状況によって,あるルートがその人に一番合っていることがあります。このことから,自分の状況だけを基準にほかの人の決定を評価すべきでないと分かります。全ての要素を知れば,その選択は理にかなっているかもしれません。

コメント3:
本当に大切なのは,個人的な事柄で全員が同じ道を選ぶことではなく,誰も信仰上の目的地を見失わないことです。エホバの基準は全員に共通していますが,適用の仕方には正当な違いがあり得ます。


11節の写真: 違いのある兄弟姉妹が一緒に楽しんでいる

コメント1:
写真には,年齢や背景の異なる兄弟姉妹がいます。お酒を飲む人も飲まない人もいて,ひげを生やしている兄弟もそうでない兄弟もいます。個人的な違いがあっても,みんな一緒に楽しみ,信仰の家族として接しています。

コメント2:
写真から,一致するために画一的になる必要はないことが分かります。エホバは,全員が全く同じ外見,習慣,好みを持つことを望んでいません。愛と敬意によって,そうした違いに対応することを望んでいます。

コメント3:
自分の会衆にも,そのような温かく迎え入れる雰囲気があるかを考える助けにもなります。聖書が認めている個人的な決定のために,誰かがよそ者や劣った人のように感じる発言を避けることができます。


これらの聖句は,ほかの人の意見や決定を尊重する上でどのように役立ちますか

ヤコブ 4:12

答え1:
エホバだけが立法者であり裁判官であることを思い起こさせます。それで,個人的な規則を作ったり,自分の基準で兄弟姉妹の信仰を評価したりすべきではありません。

答え2:
この聖句は謙遜さを育てます。私たちは,ほかの人の状況や心を完全には知りません。公正に裁くために必要な全ての情報を持っているのはエホバです。

答え3:
ほかの人が自分で扱うべき個人的な事柄をコントロールしようとするのではなく,自分自身の決定と責任に集中する助けにもなります。


ガラテア 6:1

答え1:
本当の過ちと,単なる意見の違いを区別するよう教えています。本当に誤った歩みがある時だけ,正すための助けを差し伸べることを考えます。

答え2:
助ける必要があるなら,温和な態度で行います。恥をかかせたり,支配したり,自分が上だと示したりするのではなく,兄弟姉妹がエホバとの良い関係を取り戻せるよう助けたいと思います。

答え3:
この聖句は,自分が介入できるほどクリスチャンとして成長しているかどうかを確かめるようにも勧めています。場合によっては,もっとふさわしい人に任せるのが一番賢明です。


コリント第一 4:6; 8:12,13

答え1:
コリント第一 4:6は,書かれている事柄を越えないよう助けます。個人的な好み,経験,解釈を,会衆全体の規則にすべきではありません。

答え2:
コリント第一 8:12,13は,クリスチャンの自由が愛によって導かれるべきことを思い起こさせます。許されていることでも,ほかの人の良心をひどく傷つけないために控えることができます。

答え3:
これらの聖句は,バランスを教えています。自分の良心をほかの人に押し付けませんが,自分の自由を思いやりなく使うこともしません。決定する権利と,兄弟姉妹の信仰上の幸福の両方を尊重します。


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