25章: 勇気を示し,良心の声に耳を傾けた
この時期の人生で,ダビデはどのように勇気を示しましたか
コメント 1: ダビデはこの時期,サウルの軍隊の圧倒的な数におじけづかなかったので,勇気を示しました。ダビデには約600人の部下しかいませんでしたが,サウルは3000人を率いて彼を捜しに来ていました。それでもダビデは,アビシャイと共に夜,陣営に入っていきました。この章は,エホバが助けてくださるというダビデの確信と,この時期を結び付けています。ですから,ダビデの勇気は,単に戦士としての経験に基づいていたのではなく,エホバの支えがあるという確信に基づいていました。
コメント 2: ダビデには,アビシャイを制止するためにも勇気が必要でした。甥のアビシャイはサウルを殺そうとしており,その追跡が終わればダビデの部下全員にとって有利でした。しかしダビデは,そのような圧力に左右されませんでした。エホバが油を注いだ王を攻撃することはできない,ときっぱり説明しました。これは,勇気とは敵に立ち向かうことだけではないということを示しています。仲間が間違ったことを提案した時に,その人にノーと言うことも勇気なのです。
コメント 3: たとえそれによってさらに待ち続けなければならないとしても,良心の声に耳を傾けたダビデの勇気が印象に残ります。サウルの服の裾を切り取った後,サウルに敬意を示さなかったことを思って心を痛めました。その警告を無視しませんでした。再びサウルを手中に収める機会があった時,学んだことに従って行動しました。エホバが認めないことをして困難な状況を楽にするよりも,その状況に耐え続けることを選んだのです。
1. アビシャイは衝動的で無情になりがちでした。それでも,神の民を勇気をもって守り,ダビデを助けるために何をしましたか
コメント 1: アビシャイは,サウルの陣営に行くためダビデに同行すると申し出たことで勇気を示しました。安全な場所から支持を表明するだけでなく,追っ手がいる所にダビデと共に入っていく覚悟がありました。もちろん,そこに着いてからは,王を殺そうとする衝動をダビデに抑えてもらう必要がありました。この例から2つの点が分かります。アビシャイはダビデを助けるために危険を冒す覚悟がありましたが,その勇気にはエホバの決定を尊重する気持ちも伴っていなければなりませんでした。
コメント 2: 「聖書に対する洞察」は,アビシャイが傑出した戦士だったことを強調しています。ある時には1人で300人の敵を打ち倒し,その名声はダビデの最も優れた3人の戦士に匹敵するほどでしたが,その3人のレベルには達しませんでした。ですから,アビシャイの欠点によって,神の民のために行った奉仕が消し去られるわけではありません。彼の歩みを評価する時には,勇気と忠節だけでなく,矯正を受ける必要があった時も認めるのがよいでしょう。
歴代第一 18:12 — ツェルヤの子アビシャイは,塩の谷でエドム人1万8000人を討った。
コメント 3: この節は,アビシャイが挙げた重要な勝利について述べています。参考資料によると,彼は部下たちと共にこの勝利を収めました。また,アンモン人と戦った軍隊を指揮しました。その戦いで,必要なら互いに助けられるよう,アビシャイとヨアブは軍隊を配置しました。ですから,アビシャイの貢献は個人的な武勇だけに限られませんでした。民を守るために他の人たちを率いる責任も担ったのです。
コメント 4: ダビデは,シェバの反乱に立ち向かう時にもアビシャイを頼りにしました。引用されている記述によると,ダビデはその反乱が大きな被害をもたらす可能性を考え,家来たちと共に反逆者を追うようアビシャイに命じました。この点から,アビシャイがサウルに追われていた時だけでなく,難しい状況のさまざまな段階でダビデを支え続けたことが分かります。民に対する脅威に対処するため,王の求めに応じたのです。
コメント 5: アビシャイが最も決定的な助けをした出来事の1つは,フィリスティア人との戦いでダビデがひどく疲れていた時に起きました。ある巨人がダビデを殺そうとしましたが,アビシャイはすぐに助けに入り,その攻撃者を殺しました。こうしてダビデの命を救ったのです。この出来事から,アビシャイの勇気がどのように役立ったかが具体的に分かります。敵に勝つためだけでなく,その時助けを必要としていた仲間を守るためにも役立ったのです。経験豊かな戦士だったダビデも,助けてもらう必要がありました。
2. ダビデが自分を「山で追われるシャコ」のようだと言ったのはなぜですか
コメント 1: この比較は,ダビデが逃げなければならなかった状況によく当てはまりました。「聖書に対する洞察」によると,シャコは走って逃げ,岩や割れ目などの障害物の間に隠れます。ダビデも,サウルに殺されないように隠れ場所から別の隠れ場所へ移動していました。山で穏やかに暮らしていたことを描写したのではなく,追われていて絶えず避難場所を探さなければならない人の状況を説明したのです。とても簡単なイメージで,自分が経験していたことを表現しました。
サムエル第一 26:20 — エホバのもとから離れた場所で私の血が地面に落ちることがないようにしてください。イスラエルの王は,山でシャコを追うかのように,1匹のノミを捜しに出てこられました」。
コメント 2: ダビデは,その追跡がどれほど不釣り合いなものかを強調しました。イスラエルの王は,自分に脅威を与えていない人を相手に何千人もの兵士を動員していました。シャコに自分を例えた時,ダビデはサウルに挑戦していたのではありません。自分を追うためにこれほど多くの努力を払うのは意味がない,と分からせようとしていたのです。
コメント 3: この比較を理解するのに役立つ別の点は,シャコの捕まえ方です。隠れ場所から追い出し,投げつける棒で打ち倒すことがありました。これは,隠れ場所を見つけられた逃亡者がどれほど無防備に感じるかを示しています。ダビデにも同じようなことが起きました。ジフの人たちが彼の隠れ場所を明らかにしたのです。この比較から,追跡がどれほど厳しかったか,そしてダビデがどれほどエホバに頼る必要があったかがよく分かります。
3. ダビデに忍耐が必要だったのはなぜですか
コメント 1: ダビデに忍耐が必要だったのは,将来の王として選ばれてから治め始めるまでに長い時間が過ぎたからです。資料によると,自分の部族の王になるまで約15年待ちました。その後,イスラエル全体を治めるまでさらに約7年待たなければなりませんでした。エホバに選ばれていたとはいえ,その約束がすぐに実現したわけではありません。
コメント 2: しかも,その待ち時間は決して楽な環境で過ぎたわけではありません。サウルがダビデを殺そうとしていた期間があり,ダビデは洞窟に避難したり,自国の外で暮らしたりしなければなりませんでした。責任を受けるのを待つだけでなく,仕返しをせずに不公正に耐えるためにも忍耐が必要でした。だからこそ,サウルの命を助けるという決定には大きな価値があります。間違った行動によって状況を早く解決することを拒み,エホバより先に行動しなかったのです。
詩編 13:5-6 — 私はあなたの揺るぎない愛を信じます。私の心はあなたによる救いを喜びます。 私はエホバに向かって歌います。豊かに報いてくださったからです。
コメント 3: ここから,ダビデの忍耐を支えたものが分かります。エホバの揺るぎない愛を信頼し,エホバがすでにしてくださった良いことを思い出していたのです。問題が終わるまであとどれほどかということだけに注意を向けていたのではありません。受けた助けについて考えることで,確信を持って待ち続ける理由を得ていました。
コメント 4: ダビデの忍耐は,苦しみを決して表現しなかったという意味ではありません。資料によると,詩編13編で,問題がいつまで続くのかを何度もエホバに尋ねました。それでもエホバへの信頼を示しました。このことから,待つことがとても難しい時,エホバに率直に話してよいということを学べます。忍耐とは,何もかも簡単だと装うことではありません。不安に負けてエホバに背くことなく,エホバへの信頼を保ち続けることです。
4. 何年も後に,ダビデが慎み深い人であることをどのように示し続けましたか
歴代第一 17:4 — 「私に仕えるダビデにこう言いに行きなさい。『エホバはこう言っている。「私が住む家を建てるのはあなたではない。
コメント 1: ダビデはエホバのために家を建てたいと心から願っていました。しかし,自分がそれを建てる人ではないことを受け入れました。とても個人的な願いに関わる決定を尊重したことに,ダビデの慎み深さが表れています。王としての立場を理由に,自分がその仕事をする権利があると主張しませんでした。その責任を誰に与えるかをエホバに決めていただいたのです。
コメント 2: ダビデは,神殿を建てるのがソロモンであることを受け入れただけではありません。死ぬ前に大量の資材を集め,実際的な支援を与えました。この点に,彼の慎み深さの美しさが特によく表れています。建設を指揮することはなくても,それがうまくいくよう働き続けたのです。時には,変化を受け入れるとは単に何かをやめることだと思うかもしれません。しかしダビデは,今責任を担っている人の成功にどう貢献できるかを考えるという,はるかに寛大な態度を示しました。
コメント 3: ソロモンが若くて経験がなかったことを,ダビデは知っていました。それでも,その限界を理由に自分が責任を担い続けようとはしませんでした。資料によると,成功を左右するのは,仕事を指導する人の年齢や経験ではなく,エホバの祝福だと理解していたのです。ですから,ダビデの慎み深さは信仰と結び付いていました。エホバがソロモンを選び,助けてくださると信頼していたので,ソロモンを支援できたのです。
コメント 4: 年長のクリスチャンへの適用はとても励みになります。責任の一部が若い兄弟たちに移ったとしても,引き続き活発に活動し,その兄弟たちを支援できます。神殿の仕事で自分の役割が変わったからといって,ダビデは役に立たなくなったわけではありません。自分が指導する仕事だけで奉仕の価値を測るのではなく,今でも何を行えるかを考えるよう,その例は助けになります。喜んで他の人を支援することも,慎み深さとエホバへの信頼の表れです。
…親に対して? C
コメント 1: ダビデに倣うために,親が間違いをしないから親の権威を尊重するのではない,ということを覚えておけます。ダビデはサウルの間違いをはっきり見ていましたが,それを口実にしてサウルを見下すことはしませんでした。家庭では,気に入らない指示を受けた時の反応にそのことが表れます。あざけったり傷つける言葉を使ったりせず,敬意を込めて自分の考えを伝え,意見の違いが配慮の欠如につながらないようにできます。
コメント 2: この写真には,日常的な場面が描かれています。若い女性が友達と出掛けようとしている時,母親が汚れた皿を指さしています。この教訓を当てはめる1つの方法は,予定が中断されるとしても家での責任を果たすことです。敬意を示すのに,特別な状況が必要なわけではありません。時には,したかったことを変え,親の話を聞き,簡単な仕事を口論に発展させずに協力することに表れます。
コメント 3: 他の人の前で親を尊敬するにも勇気が必要です。友達から指示を無視するよう勧められると,従順すぎると思われないようにしたいという圧力を感じるかもしれません。ダビデも,アビシャイからの圧力に負けて,間違っていると思ったことをすることはありませんでした。誰かに理解してもらえなくても,敬意のある決定を貫く上で,ダビデの手本は助けになります。大切なのは,見ている人に良く思われることではなく,正しい良心に従って行動することです。
…政府当局に対して? D
コメント 1: ダビデは,サウルの間違いと,サウルが持っていた権威を区別していました。私たちも,政府当局がすること全てを支持しなくても,当局に敬意を示せます。その敬意は,当局と接する時の話し方や応じ方に表れます。心配していることを伝えるために,侮辱したり見下したりする必要はありません。この記録から分かるのは,他の人の間違った行動によって,私たちがどう行動すべきかが決まるわけではないということです。
コメント 2: 写真には,激しい嵐の中で警察官の指示に従っている家族が描かれています。とても実際的な適用です。安全な場所へ行くよう当局から指示された時,協力することによって敬意を示せます。緊急事態によって緊張したり予定が変わったりしても,落ち着いて指示に従えば,当局が助けやすくなります。この場合,敬意は言葉だけにとどまらず,協力的な態度によって示されます。
コメント 3: 不公平な扱いを受けたと感じる時,ダビデがサウルに仕返しをしなかったことを思い出せます。何も問題がないふりをしたわけでもありません。なぜ自分を追うのかを尋ね,危害を加えるつもりはないとはっきり伝えました。このことから,敬意と毅然とした態度を両立させることを学べます。侮辱されたからといって仕返ししたい気持ちに流されず,落ち着いて状況を説明したり心配を伝えたりできます。自制心を働かせることも勇気の1つです。
…会衆の長老たちに対して? E
コメント 1: 長老たちの話を注意深く聞き,協力する用意を持つことによって,長老たちへの敬意を示せます。ダビデから学べる原則は,責任を担っている人を認めることは,その人が完全だと考えることを意味しないということです。長老たちの限界だけに目を向けるなら,長老たちが行っている仕事を見失うかもしれません。敬意のある態度があれば,自分なら別の仕方ですると思っても,指示を最初から退けるのではなく,落ち着いて考慮できます。
コメント 2: 写真では,年配の長老が,カートを使った伝道について指示を与えている若い長老の話を聞いています。年配の兄弟は経験が豊富かもしれませんが,それでも話を聞いて協力できます。これは,ソロモンを支えたダビデの謙遜さと調和しています。年齢や奉仕年数が障壁になる必要はありません。他の人が責任を担うことを喜び,その責任をうまく果たせるよう助けられます。
コメント 3: 敬意を示す別の方法は,長老たちがいない所で長老たちについてどう話すかに注意することです。決定を理解できない時は,見下す気持ちをあおる発言をするのではなく,説明を求められます。ダビデは,一緒にいた人たちからの圧力に負けて王に不敬な態度を取ることはありませんでした。同じように,否定的な会話に加わらず,平和に役立つ仕方で心配を扱うことができます。
ダビデは勇気を示して良心に従いました。私たちはどんな状況で,良心に従うために勇気が必要になるかもしれませんか
コメント 1: 身近な人から,悪い扱いをした人に仕返しするよう勧められた時,勇気が必要になるかもしれません。その人は罰を受けて当然だ,教訓を与える機会だと言うかもしれません。アビシャイがサウルを殺そうとした時にも似たことが起きました。聖書によって訓練された良心は,危害を加え返してはいけないと警告してくれます。良心に聞き従うとは,勧めている人が本当に助けようとしていると思っていても,その提案を退けることです。
コメント 2: すでに何かをしてしまい,良心がそれは間違いだったと告げる時にも勇気が必要です。ダビデはサウルの服の端を切ったことを大したことではないと考えることもできましたが,良心の痛みを無視しませんでした。失礼な話し方をしたり誰かをひどく扱ったりしたなら,それを認めて謝る必要があるかもしれません。言い訳を探す方が簡単ですが,良心に聞き従えば,悪い行動が習慣になる前に正せます。
コメント 3: 間違ったことをすれば問題をすぐに解決できそうに思える時に,試されることもあります。ダビデは追っ手を殺して逃れることもできましたが,その近道を選びませんでした。私たちも,不快な結果を避けるために間違いを隠したり真実を曲げたりしたくなるかもしれません。ダビデの手本に倣い,その時自分に都合がよいことだけでなく,エホバがどう考えるかを自問できます。間違った方法で得た早い解決より,正しい良心の方が価値があります。
この記録でダビデが示した勇気に,あなたはどんな他の方法で倣えますか
コメント 1: 失望したからといって正しいことをやめないことによって,ダビデに倣えます。ジフの人たちは2度目もダビデを裏切り,サウルは以前に命を助けてもらったのに,なおもダビデを追い続けました。それでもダビデは原則を変えませんでした。誰かに再び失望させられても,苦々しい気持ちや仕返しで応じないよう努力できます。エホバへの忠実さは,他の人が自分の期待通りに反応するかどうかに左右されません。
コメント 2: 別の面として,誰かが悪い行動をしようとしている時に止める勇気を持つことがあります。ダビデはアビシャイの提案を黙って聞いていたのではなく,正し,サウルを殺してはいけない理由を説明しました。友達がひどく怒り,言葉や行動で人を傷つけようとしているなら,立ち止まって考えるよう助けられます。良い友達であるとは,いつも相手の意見に同意することではなく,正しいことをするよう励ますことです。
コメント 3: 勇気と慎重さを併せ持つこともできます。ダビデはサウルを尊重しながら,自分を守るための行動も取り続けました。陣営を出た時には,かなり離れた山から話しました。このことから,許したり仕返しをしなかったりすることは,危険を無視することではないと分かります。敬意のある態度を保ちつつ,慎重に行動できます。ダビデは,危害を加えるつもりがないことを示すために,サウルの手の届く所に再び身を置く必要はありませんでした。
この記述から,エホバについてどんなことを学べますか
コメント 1: エホバは,たとえ自分の僕たちが明らかに不利な状況にいるように見えても,助けることができるということを教えられます。サウルにはダビデよりはるかに多くの兵士がいましたが,それでもエホバはダビデを守ることができました。その時エホバは,陣営の人たちを深い眠りに陥らせました。この記述から,ダビデがエホバの助けを信頼していた理由が分かります。エホバの力は,敵軍の規模にも,サウルが占めていた地位にも左右されなかったのです。
コメント 2: また,正義をエホバの手に委ねられるということも教えられます。ダビデは,エホバが適切な時にサウルを扱ってくださると確信していたので,自分で復讐する必要を感じませんでした。待つことは,サウルの行動が正しかったとか,エホバがそれを見過ごしたという意味ではありませんでした。エホバがどのように,またいつ行動するかを知っていると信頼することを意味しました。そのような信頼があれば,不公正な扱いを受けても,別の不公正なことをしてしまうことを避けられます。
コメント 3: この記述から,エホバが忠実さを高く評価し,喜ばせようと努力する人たちを決して忘れないことも分かります。ダビデは長く苦しい期間を待ちましたが,この章の最後では,エホバがその忠実さと勇気に報いてくださったことが思い起こされています。これは,ある時期の生活がどれほど楽かだけで,エホバから認められているかどうかを判断しないよう励ましてくれます。ダビデは逃亡者であり,問題がまだ終わっていない間も,エホバの支えを受けていました。
この記述は,エホバの目的や聖書の主なテーマとどのように関係していますか
コメント 1: この記述は,エホバがご自分の民を導き,誰が民を治めるかを決める権利を持っていることを際立たせています。ダビデは自分が王になることをすでに知っていましたが,そのことによってサウルを排除してよいとは考えませんでした。彼はその状況に対するエホバの権威を尊重しました。ですから問題は,2人のうちどちらが勝つ可能性が高いかという単純なものではなく,ダビデがエホバの統治の方法を信頼し,それに従うかどうかということでした。
コメント 2: また,サウルの反対があっても,エホバがダビデについて告げたことは実現しました。迫害や裏切りがあり,長い間待たなければなりませんでしたが,ダビデはついに王になりました。このことは,エホバの目的が実現することを信頼する助けになります。障害があったり,すぐに解決策が見えなかったりしても,エホバの目的が失敗したという意味ではありません。ダビデは,その時の状況を超えて物事を見ることを学ばなければなりませんでした。
コメント 3: ダビデの決定から,行動によってエホバの権威を支持できることも分かります。サウルが無防備な状態で目の前にいた時,ダビデは,すぐに得られる自分の利益よりも,エホバが正しいと見なすことを優先しました。言葉だけで信頼を示したのではなく,復讐を放棄することによって示したのです。この記述は,私たちも同じようにするよう勧めています。忠実な決定によってエホバの権威を認めるのです。特に,従うために忍耐や個人的な犠牲が求められる時にそうできます。
ダビデが復活したら,その人生のこの時期について何を尋ねたいですか
コメント 1: ダビデに,サウルのせいで隠れ場所を変えなければならなかった日々に,何が一番支えになったのかを尋ねたいと思います。ダビデがエホバを信頼していたことは分かっていますが,これほど長い迫害の間,どのようにその信頼を保っていたのかを本人から聞けたら,とても興味深いでしょう。特に,それまでに受けた助けをどのように思い出し,その記憶が,諦めたり自分で復讐したりせずに待ち続ける力になったのかを知りたいです。
コメント 2: サウルが眠っているそばで,アビシャイを制止しなければならなかった時のことをどのように感じたのか,ダビデに尋ねたいと思います。記述にはダビデが何と答えたかが書かれていますが,エホバが油を注いだ人を尊重するという決意が,その経験によってどのように試されたのかを本人から聞きたいです。また,洞窟で上着の裾を切ったことで良心が痛んだ時に起きたことから何を学び,その教訓が後の決定にどのような影響を与えたのかも尋ねたいです。
コメント 3: 王になった後,あの待った年月をどのように振り返ったのかを尋ねたいと思います。逃亡していた間,問題がどのように終わるかを細かく知ることはできませんでした。忍耐やエホバの揺るぎない愛,そして正しい良心を保つことの大切さについて何を学んだのかを話してくれたら,励みになるでしょう。また,不公正な状況が終わるのを長い間待っている人に,自分の経験からどんな助言をするかも尋ねたいです。
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