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2027年3月29日から4月4日までの週の会衆の聖書研究

2027年3月29日から4月4日までの週の会衆の聖書研究

31章:勇気をもって話した小さな召し使いの少女

イスラエル人の少女はどのように勇気を示しましたか?

コメント 1: 別の神が崇拝されていた家でエホバについて話したので,勇気を示しました。ナアマンは重要な軍隊長でしたが,少女は外国人の小さな召し使いでした。エホバの預言者なら助けられると勧めるのは恐ろしく感じたかもしれません。それでも,身分の違いに黙らされませんでした。エホバを信頼し,その家族の苦しみを和らげたいと思ったので,ナアマンの妻に話しました。

コメント 2: 家族から遠く離れ,偽りの神々を崇拝する人々に囲まれていても,エホバへの信頼を保った点でも勇気がありました。エリシャが以前に重い皮膚病の人を癒やしたことがあるかどうかは知りませんでしたが,必要なことをエホバがエリシャによって行えると確信していました。勇気は全ての答えを知っていたり,結果を思い通りにできたりすることから来たのではありません。自分の神について知っている事柄に頼ったので,話すことができました。

コメント 3: その勇気には深い思いやりも伴っていました。シリア人に家族から引き離され,ナアマンはイスラエルの敵でした。それでも,病気のナアマンを喜んだり,妻の苦しみに無関心だったりしませんでした。助けるために一歩踏み出しました。勇気とはいつも誰かに立ち向かうことではなく,とても難しい状況でも,受けた苦しみのために人を助けたいという気持ちを失わず善を行うことだと学べます。

1. イスラエル人の少女がシリア人を恐ろしくて見慣れない人々だと思った可能性があるのはなぜですか?(塔96 5/15 8ページ3節) A

列王第二 5:2 — ナアマンの妻の召し使いに1人の少女がいた。かつてシリア人がイスラエルを襲撃した時に捕虜として連れてきた少女だった。

コメント 1: この節から,少女が自分の意思でシリアに行ったのではないことが分かります。襲撃の際に捕らえられ,召し使いにされたのです。家族と引き離され,知らない国に連れてこられたので,シリア人が恐ろしく感じられても不思議ではありません。少女がその家に来た経緯を考えると,その模範の素晴らしさがいっそう分かります。快適な状況でエホバについて話したのではなく,とてもつらい経験をした後に話したのです。

コメント 2: 宗教上の違いも非常に大きなものでした。資料によると,シリア人は太陽や月,星,植物,さらには石まで崇拝していました。一方,少女は唯一の真の神エホバを崇拝する家族のもとで育ちました。知っている人々から遠く離れただけでなく,まったく異なる信仰を持つ人たちの中で暮らしていたのです。その環境がどれほど奇妙に感じられ,神について話すのに勇気が必要だったかが分かります。

コメント 3: 少女は神を畏れる家族から引き離されました。以前は同じ崇拝を行う人たちに囲まれていましたが,シリアではそのような家庭的な環境がありませんでした。エホバについて学んだことを捨てずに新しい生活に適応しなければならず,状況はさらに難しかったでしょう。人や環境が大きく変わっても,エホバへの信頼は,勇気をもってエホバについて話せるほど強いままでした。

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2. 重い皮膚病は人にどんな影響を与えることがありますか?(洞察,「重い皮膚病」3-5節)

コメント 1: 資料によると,ある種類の重い皮膚病は皮膚を厚くし,最初は顔に,その後は体のほかの部分に腫れ物を生じさせます。鼻や喉の粘膜を損なうこともあります。単なる皮膚の表面的な変化ではなく,人の外見を損ない,健康を深刻に悪化させる病気です。そのため,ナアマンの家が悲しい雰囲気に包まれていたことを理解できます。

コメント 2: 別の種類は主に末梢神経を侵します。触れられると皮膚が痛むこともあれば,感覚がなくなってしびれることもあります。さまざまな症状が組み合わさる種類もあります。ナアマンに具体的にどの症状があったかは分からないので,全てを彼に当てはめるべきではありません。それでも,こうした影響を知ると,病気の深刻さと,ナアマンと妻の苦しみを見た少女の思いやりがよく分かります。

コメント 3: 病気が進行すると,膿の出る傷,髪やまゆ毛の脱落,爪の損傷が生じることがあります。重症の場合,指や鼻や目の組織が壊れ,死に至ることさえあります。ナアマンが抱えていた問題は非常に深刻で,軍隊長としての権力では解決できなかったのです。

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3. エリシャがナアマンからの贈り物を受け取らなかったのはなぜですか?(塔05 8/1 9ページ2節)

コメント 1: エリシャは,ナアマンが癒やされたのは自分の力ではなくエホバの力によると知っていたので,贈り物を受け取りませんでした。神の指示を伝えたにすぎず,その力の源ではありません。贈り物を断ることは,その認識と一致していました。エホバから与えられた立場を利用して個人的な利益を得たくなかったのです。私たちも謙遜であり,エホバの助けによってできることの功績を自分に帰さないようにできます。

マタイ 10:8 — 病気の人を治し,死んだ人を生き返らせ,重い皮膚病の人を癒やし,邪悪な天使を追い出しなさい。ただで受けたのです。ただで与えなさい。

コメント 2: マタイ 10章8節のイエスの指示は,エリシャの行動と調和する原則を示しています。神から受けたものを個人的な利益の手段にしてはなりません。弟子たちはイエスから与えられた力を買ったのではありません。同様に,エリシャ自身がナアマンを癒やしたのでもありません。この原則は現代のエホバの僕にも当てはまります。人を助けるために奉仕するのであって,人から利益を得るためではありません。

コメント 3: ナアマンがなおも勧め続けたのに,エリシャが決意を変えなかったことに感銘を受けます。ナアマンに感謝がなかったわけではなく,贈り物で感謝を表したかったのです。しかしエリシャは,エホバへの奉仕で富を得てはならないことを理解していました。私たちも,なぜ神に仕えるのかを前もって決めておく必要があります。エホバと人々への愛が動機なら,不当な利益を得る機会を退けられます。

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4. ナアマンがリモンの前で身をかがめる時,エホバが許してくださるとエリシャが確信していたのはなぜですか?(列王第二 5:18,19;塔05 8/1 9ページ3節) B

列王第二 5:18-19 — ただ次のことだけ,エホバが許してくださいますように。主人は,リモンの家に入ってそこで身をかがめる時に,私の腕に寄り掛かるので,私もリモンの家で身をかがめなければなりません。私がリモンの家で身をかがめる時,どうかエホバがそのことを許してくださいますように」。 エリシャは言った。「安心して行きなさい」。ナアマンがエリシャの所を出て,いくらか進んだ頃,

コメント 1: ナアマンは,王が身をかがめる時に自分の腕に寄り掛かると説明しました。資料によると,年老いた王は健康が弱っていたため支えを必要としていました。ですから,ナアマンが身をかがめるのはリモンを崇拝するためではなく,王を支えるためでした。市民としての務めに伴う機械的な動作にすぎません。エリシャはその説明を信じました。偽りの崇拝を認めたのではなく,ナアマンが実際に何をするのかを考慮したのです。

コメント 2: 文脈から,ナアマンが2つの神を崇拝し続ける方法を探していたのではないことが分かります。癒やされた後,エホバだけに犠牲を捧げる決意を表明していました。心配していたのは,王がリモンの前で身をかがめる時に王を支える務めをどう果たすかということでした。エリシャは,それがナアマンの本当の意図だと認めました。重要なのは体の姿勢だけではなく,王を支えることだけが目的だったという点です。

コメント 3: この出来事から,人について結論を出す前によく事実を調べることを学べます。外から見ると,ナアマンが身をかがめてリモンを崇拝していると思う人もいたでしょう。しかし彼の説明から,王を支えており,自分はエホバだけに仕えたいと思っていたことが分かります。だからといって偽りの崇拝に参加してよいという意味ではありません。行動が外見上意味することと,具体的な状況で実際に起きていることを区別する必要があります。

シリアの軍隊長だったナアマンはイスラエルを侵略しましたが,エホバは彼を癒やしました。このことから,エホバの憐れみと公平さについて何を学べますか? C

コメント 1: エホバは特定の国籍の人だけに憐れみを示すわけではない,と学べます。ナアマンはイスラエルの敵国シリアの軍隊長でした。それでも,エリシャを通して与えられた指示に従うと,エホバは彼を癒やしました。出身や所属する集団のために,エホバの助けを受けられない人だと決めつけるべきではありません。誰もがエホバを知って仕えるようになれる,という見方を持ちたいと思います。

コメント 2: エホバがナアマンに変化する機会を与えたことも分かります。初めは指示に腹を立て,帰ろうとしました。しかし僕たちの言葉を聞き,謙遜になって従いました。エホバは彼を癒やし,ナアマンは真の神を認めました。人を最初の反応だけで判断しないように助けられます。初めは聞き入れない人も,考え,謙遜になり,霊的な助けに良い反応を示すかもしれません。

コメント 3: 人の外見に左右されずに証言することによって,この公平さに倣えます。資料の写真には,見た目の異なる同級生に話す若いエホバの証人が写っています。見ただけで心の中を知ることはできません。イスラエル人の少女は,ナアマンを苦しんでいて助けを受けられる人と見ました。私も,エホバに関心がないと決めつけず,その人の必要に目を向けたいと思います。

イスラエル人の少女の模範は,恐れを感じながらも証言するうえでどのように役立ちますか?

コメント 1: 恐れを感じても勇気をもって行動できる,と少女の模範から分かります。少女は気後れする状況にいましたが,伝えるべき良い知らせがありました。章は,きっとエホバに勇気を求めたのだろうと述べています。私も心配な会話の前に祈れます。完全に落ち着くまで待つのではなく,相手が受ける助けに目を向け,敬意を込めてエホバについて話すための小さな一歩を踏み出せます。

コメント 2: 長い説明をする必要がなかったことも励みになります。ナアマンの妻への短い言葉で,助けを得られる場所を示しました。多くを説明したり,どんな質問にも答えたりしなければならないと思うと,恐れが増すことがあります。この記録は,よく知っている簡単なことから始めるよう励ましてくれます。誠実な関心を込めて明確な聖書の考えを伝えれば,会話を始められます。一度に全てを話す必要はありません。

コメント 3: 少女は,自分が話す難しさだけでなく,ナアマンと妻の苦しみに目を向けました。私も相手に注意を向けたいと思います。同僚が心配事を抱えたりつらい時を過ごしていたりするなら,どんな聖書の教えが慰めになるかを考えられます。助けたいという気持ちがあれば,緊張していても話せます。そうすれば証言は恐ろしいだけの状況ではなく,愛を示す機会になります。

イスラエル人の少女の勇気の模範に,ほかにどのような仕方で倣えますか?

コメント 1: 信じていない人々に囲まれていてもエホバへの忠節を保つことによって,少女に倣えます。少女は家族から遠く離れ,偽りの崇拝の環境にいてもエホバを信頼し続けました。学校や職場で,近くに他のエホバの証人がいないこともあるでしょう。恥ずかしさのために信仰を隠したり,周囲の影響に流されたりしないようにできます。他の人に敬意を示しながら,エホバへの忠実さを保てます。

コメント 2: 難しい状況でも善を行い続けることもできます。少女は大きな苦しみを経験しましたが,思いやりのある心を失いませんでした。自分の痛みのために,近くにいる人の苦しみに無関心にはなりませんでした。問題が全て解決するまで人を助けられない,と考えないように励まされます。困難な時期でも,誰かの話を聞いたり,励ましたり,親切なことをしたりできます。勇気と思いやりは両立するのです。

コメント 3: 年齢や相手の立場のために,自分には何も与えられないと思わないことでも倣えます。少女は小さな召し使いでしたが,エホバを知っており,ナアマンが助けを得られる場所を知っていました。誰かに良く見せようとも,厳しい話し方をしようともせず,役立つことを伝えました。若い人にとって特に励みになります。他の人の方が経験や権威を持っていても,エホバから学んだことを謙遜に伝えて大きな善を行えます。

この記録からエホバについて何を学べますか?

コメント 1: エホバには,人間が自力で成し遂げられないことを行う力があると学べます。ナアマンは重要で尊敬された戦士でしたが,病気から逃れられませんでした。エリシャを通して与えられた指示に従うと,完全に清くなりました。癒やしは軍事力や持参した富によるものではなく,エホバによるものでした。人間の限界はエホバにとって限界ではない,という確信が強まります。

コメント 2: エホバは,他の人から見過ごされがちな人を大切にする,と分かります。聖書は少女の名前を述べていませんが,彼女の行動を記録しています。章は,エホバが彼女の名前を知っており,復活後に会える喜びについて述べています。少女には重要な立場がありませんでしたが,信仰と勇気が際立っていました。エホバにとって,忠実さに価値を持たせるために有名で強力である必要はありません。

コメント 3: エホバを知ることは人を大きく変える,ということも学べます。ナアマンは健康な皮膚だけを携えて帰ったのではありません。エホバの力を経験した後,他の神々に犠牲を捧げるのをやめ,エホバに仕える決意をしました。少女は病気の解決策を示しましたが,結果はそれをはるかに超えました。人をエホバに近づけることこそ最も価値ある助けであり,崇拝と生き方を変える力があります。

この記録は,エホバの目的と聖書の主題とどのように関係していますか?

コメント 1: ナアマンが真の神を認めるようになったので,この記録はエホバの名が神聖なものとされることと関係しています。彼はリモンを崇拝していましたが,癒やされた後にエホバを認め,エホバだけに仕える決意をしました。結果として名誉を受けたのは少女でも,裕福になったのはエリシャでもありません。最も重要なのは,エホバが受けるべき認識を受けたことです。個人的な経験によって神についての真理が際立ち,エホバの名に誉れがもたらされました。

コメント 2: エホバについての知識は一つの家族や国だけに限られるものではないことも分かります。イスラエル人の少女の言葉はシリアの軍隊長に届き,その人を通してシリアの王にも関係しました。ナアマンは最終的にエホバを崇拝しました。異国の人も真の神を知るようになれます。どんな背景の人にも話す努力をすることには大きな意味があります。

コメント 3: この章は復活にも注意を向けさせます。エホバが少女を復活させた時に会うことを考えるよう勧めているからです。少女の物語は,彼女が経験した苦しみや,聖書に記されているわずかな情報だけで終わりません。エホバは彼女の物語の残りを知っており,命を戻すことができます。この見方は,亡くなった人たちへの聖書の希望とこの記録を結び付け,今その信仰に倣い,将来会いたいという願いを強めます。

少女が復活したら,どんなことを尋ねたいですか? a

コメント 1: 少女の名前を聞き,家族についてもっと知りたいです。章から彼女の信仰と勇気は分かりますが,生活の詳細は多くが語られていません。捕虜にされる前のイスラエルでの生活がどんなものだったか,本人から聞けたら素晴らしいでしょう。その会話を考えると,復活の希望が身近になります。単に記録を思い出すのではなく,その出来事を経験した人に会えるのです。

コメント 2: シリアに来る前に,エホバとエリシャについて何を学んでいたかを尋ねたいです。両親から,エホバが預言者を通して行った驚くべき事柄を聞いていたと思われますが,何を知っていたかは分かりません。信頼をそれほど強めた教えを知りたいです。その答えは,子どもにエホバについて教え,難しい状況に直面する前にエホバをよく知るよう助けることの大切さを理解する助けになります。

コメント 3: 新しい生活に適応しながら,エホバへの信頼を失わないために何が役立ったのかを尋ねたいです。家族から遠く離れ,奴隷になったことは分かりますが,日々どんな問題に直面したかは知りません。その状況で信仰を保った方法を聞きたいです。聖書が述べていない細部を勝手に想像したくはありません。だからこそ,本人の経験を聞き,エホバに頼った方法から学ぶのはとても価値があります。

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