エゼ 26:4,5,12。ティルスに関するこの預言は,どのように細部まで実現しましたか。(塔08 1/1 23ページ1節)
回答 1: この預言は紀元前332年に実現しました。アレクサンドロス大王とその軍隊は,本土にあったティルスの瓦礫を使って海中に土手道を築きました。それによって島にある部分に到達し,それを征服することができました。注目できるのは,都市の残骸が単に廃墟の中に残されたのではなく,エホバが予告した通り,水中の建造物に使われたことです。
回答 2: 都市の建築資材がどうなるかについて,とても具体的な点がありました。エゼキエルは建物が破壊されることだけでなく,石材や木材,さらには土がどうなるかについても述べました。アレクサンドロス大王の軍隊は,本土の都市の瓦礫を使って土手道を築きました。そのようにして,かつてティルスの一部だった資材は,予告通り,海の中に入ることになりました。
回答 3: この預言の実現を理解するには,本土にあった都市と島にあったティルスの部分を区別することが大切です。本土の都市はそれより前に征服されていました。その後,アレクサンドロス大王はまさにその瓦礫を利用して島に到達しました。ですから,本土の都市の破壊と島の征服は,土手道によって結び付いていました。このつながりから,一方の都市の残骸がどのようにしてもう一方の部分の征服に役立ったのかが分かります。
回答 4: 土手道が築かれたことから,瓦礫がなぜ水中に入ったのかが具体的に分かります。アレクサンドロス大王とその軍隊はそれを使って海上に通路を造り,ティルスの島の部分まで到達しました。破壊の際に一部の残骸が水に落ちたというだけではありません。すでに征服されていた都市の資材がその工事に使われ,紀元前332年に島へ到達して征服することが可能になったのです。
回答 5: この預言の実現には,瓦礫がどうなったかという点と,島の部分が征服されたという点の両方が含まれていました。本土の都市はすでに征服されていましたが,その廃墟は後にアレクサンドロス大王の遠征で使われました。それを使って土手道が築かれ,島に到達することができ,島も征服されました。この歴史的な説明から,預言が単に破壊を大まかに予告したのではなく,細かな点まで予告し,それが実現したことが分かります。
今週の聖書朗読からどんな宝石を見つけましたか?
エゼキエル 25章からの宝石
エゼキエル 25:1 — エホバが再び私に語り掛けてこう言った。
コメント 1: エゼキエル 25:1は,そのメッセージが預言者自身からではなく,エホバからのものだったことを強調しています。これは,集会でコメントしたり奉仕で教えたりする時に,大切なのは自分の意見を述べることではないということを思い出させます。まず神の言葉が何と述べているかに耳を傾け,それを忠実に伝えたいと思います。
エゼキエル 25:3 — アンモン人についてこう言わなければならない。『主権者である主エホバの言葉を聞きなさい。主権者である主エホバはこう言っている。「私の聖なる所が汚された時,イスラエルの土地が荒廃させられた時,ユダ国民が捕囚にされた時,あなたは『いい気味だ!』と言った。そのため,
コメント 2: エゼキエル 25:3から,ユダが荒廃し,流刑にされた時のアンモン人の嘲笑にエホバが注目していたことが分かります。エホバにとって,他の人の苦しみにどう反応するかは重要でした。これは,他の人の不幸を冗談の種にしたり,喜びの理由にしたりしないよう教えています。誰かがつらい状況にあって,たとえ間違いを犯していたとしても,その人を敬意と思いやりをもって扱い,苦しみに屈辱を加えないようにしたいと思います。
エゼキエル 25:4 — 私はあなたを東方の人たちに渡し,所有させる。彼らはあなたの中に宿営を設け,自分たちの天幕を張る。そして,あなたの産物を食べ,ミルクを飲む。
コメント 3: エゼキエル 25:4でエホバは,アンモン人の産物やミルクを他の人たちが楽しむことになる,と述べました。アンモン人が自分たちのものだと考えていたものは,他人の手に渡ることになったのです。この点から,所有物に基づく安心感がどれほどもろいものかを考えさせられます。働いて持っている物を大切にするのはよいことですが,それを生活の中心にしてはなりません。所有物を蓄えることよりも,エホバとの関係にもっと注意を向けるべきです。
エゼキエル 25:5 — 私はラバをラクダの牧草地とし,アンモン人の土地を羊の群れの休み場とする。あなた方は私がエホバであることを知らなければならなくなる」』」。
コメント 4: エゼキエル 25:5によると,ラバが動物のための場所に変えられることによって,アンモン人はエホバが誰であるかを認めることになりました。もはやエホバの権威を無視し続けることはできなかったのです。このことから,エホバを知るとは,単に名前を知る以上のことだと分かります。今,自分からエホバの権威を認め,決定を下す時にそれを示したいと思います。エホバの導きを受け入れるたびに,エホバが単なる名前ではないことを示せます。
エゼキエル 25:6 — 「主権者である主エホバはこう言う。『あなたは手をたたき,足を踏み鳴らし,軽蔑を込めてイスラエルの土地について喜んだ。そのため,
コメント 5: エゼキエル 25:6は,イスラエルに対する深い軽蔑を表す喜びのしぐさについて述べています。エホバは単に手をたたいたことだけでなく,その背後にあった態度にも注目しました。このことから,自分の言葉だけでなく感情も調べるよう励まされます。公然とあざけることは避けていても,意見の違う人に悪いことが起きた時,心の中で喜んでいないでしょうか。その感情が習慣的な態度になる前に正したいと思います。
エゼキエル 25:8 — 主権者である主エホバはこう言う。『モアブとセイルは,「ユダ国民はほかの全ての国民と同じだ」と言った。そのため,
コメント 6: エゼキエル 25:8では,モアブとセイルがユダを他の国々と何も変わらないかのように語りました。その言葉は,ユダとエホバとの関係を無視していました。このことから,霊的な事柄を外見や他の人の言葉だけで評価してはならないと分かります。誰かが私たちの崇拝を軽く見るなら,その人の見方を自動的に受け入れるのではなく,神の言葉に導きを求めたいと思います。
エゼキエル 25:9 — 私はモアブの側面を敵の攻撃にさらす。モアブの国境に近い町々,その土地の美しい町々である,ベト・エシモトやバアル・メオンが攻撃され,キルヤタイムまで攻め込まれる。
コメント 7: エゼキエル 25:9は,モアブの美しい町々がさらされることについて述べています。見た目の魅力があっても,エホバの判決が実行されるのを防ぐことはできませんでした。このことは,一見して印象的なものを正しく評価する助けになります。美しい家や良い立場,成功しているように見えることだけで,神の是認を得ているとは限りません。目標を評価する時,それがエホバとの関係にどんな影響を与えるかを考えたいと思います。
エゼキエル 25:11 — そして私はモアブで刑を執行し,モアブ人は私がエホバであることを知らなければならなくなる』。
コメント 8: エゼキエル 25:11は,モアブに対する判決を執行するのがエホバであることを示しています。その裁きは,エゼキエルがその国に対して抱いた感情によるものではなく,エホバの決定でした。このことから,聖書の裁きについて話す時の自分の役割を思い出せます。自分と同じ信仰を持たない人を個人的に罪に定めるのは私の役割ではありません。聖書が述べていることを敬意を込めて説明し,裁きに関する決定はエホバに委ねるのが務めです。
エゼキエル 25:12 — 主権者である主エホバはこう言う。『エドムはユダ国民に対する復讐に燃え,復讐をして大きな罪を負った。
コメント 9: エゼキエル 25:12は,エドムがユダに復讐したため大きな罪を負ったと述べています。復讐は解決策ではなく,罪を増し加える行為として示されています。これは,侮辱を受けたからといって相手に害を返してよいわけではないことを思い出させます。傷つける言葉や計算された行動で返す前に,立ち止まりたいと思います。他の人の間違いを,自分も別の間違いを犯す言い訳にしたくありません。
エゼキエル 25:14 — 『私は,私の民イスラエルの手によってエドムに復讐する。私の民は私の怒りと憤りをエドムに表し,エドム人は私の復讐を味わうことになる』と,主権者である主エホバは宣言する」』。
コメント 10: エゼキエル 25:14でエホバは,エドムに対してどのように裁きを執行するかを示しました。それはエホバご自身の特定の決定であり,誰もが憤りから行動してよいという許可ではありません。神の裁きに関する記述を読む時,この区別は重要です。それを自分の怒りの正当化や,仕返しを霊的に見せるために使ってはなりません。本文が強調しているのは,エホバが正義を行う権威を持つということであって,自分が他の人を罰する権利ではありません。
エゼキエル 25:15 — 主権者である主エホバはこう言う。『フィリスティア人は弱まることのない敵意を抱き,復讐して滅びをもたらそうと悪巧みをした。
コメント 11: エゼキエル 25:15は,フィリスティア人の絶えない敵意を,復讐と破壊を望む気持ちと結び付けています。敵意を長い間抱き続けることの危険について考えさせられます。それは望むものや行動の仕方に影響を与えるからです。会衆内で,不満や恨みを心の中に一覧表のように残しておきたくありません。意見の違いが生じたなら,何度も嫌だったことを思い返すより,できるだけ早く平和を求める方がよいでしょう。
エゼキエル 25:17 — 彼らを激しく処罰し,大いに復讐する。私が彼らに復讐する時,彼らは私がエホバであることを知らなければならなくなる」』」。
コメント 12: エゼキエル 25:17は,エホバがフィリスティア人の破壊的な行動に無関心ではなかったことを示しています。エホバは起きたことを見ており,行動すると予告しました。不公正のために無力に感じる時,これは助けになります。ただし,エホバが特定の状況でいつどのように行動するかを自分で決められるという意味ではありません。それでも,エホバが悪を見過ごさないことを思い出せます。その確信があれば,落ち着きを保ち,同じ敵意で応じずに済みます。
エゼキエル 26章からの宝石
エゼキエル 26:2 — 「人の子よ,ティルスはエルサレムに向かってこう言った。『いい気味だ!さまざまな民が通る門は破られた!この都市が滅ぼされたので,全ての物は私の方に来て,私は裕福になる』。そのため,
コメント 1: エゼキエル 26:2は,ティルスがエルサレムの災難を自分が裕福になる機会と見たことを示しています。このことから,経済的な事柄での自分の動機を調べるよう促されます。自分にとって有利になることなら何でも正しいとは限りません。機会を利用する前に,他の人の苦しみから利益を得ていないか考える必要があります。
エゼキエル 26:3 — 主権者である主エホバはこう言う。『ティルスよ,私はあなたに敵対している。海が波を起こすように,私は多くの国に行動を起こさせ,あなたを攻めさせる。
コメント 2: エゼキエル 26:3でエホバは,ティルスに向かって来る多くの国々を海の波に例えました。その比較によって,予告されたことの規模がよく分かります。ティルスが無視できるような取るに足りない敵ではなかったのです。また,考えを伝える方法についても学べます。宣教で,簡単で適切な例えを使うなら,難しい言葉や長い説明を使わなくても聖書の要点を理解してもらえます。
エゼキエル 26:4 — 彼らはティルスの城壁を破壊し,塔を壊す。私は土壌を削り取り,この町をむき出しの岩にする。
コメント 3: エゼキエル 26:4は,ティルスの城壁と塔が破壊されることを予告しています。それらの防備は,エホバの裁きから都市を守れませんでした。このことから,自分が最大の安心感を得ているものについて考えさせられます。物質的な資産や個人的な計画には限界があり,神の是認の代わりにはなりません。ですから,毎日の責任を果たすだけでなく,エホバへの信頼を強めるために時間と努力を使いたいと思います。
エゼキエル 26:5 — この町は海のただ中で,引き網の干し場となる』。主権者である主エホバはこう宣言する。『私が語ったからであり,ティルスは国々に略奪される。
コメント 4: エゼキエル 26:5では,エホバが語ったことが予告の確実性の根拠になっています。ティルスは強そうに見えたかもしれませんが,その外見によって神の言葉が無効になることはありませんでした。周囲の状況が聖書で読んだことより説得力があるように思える時,この点は助けになります。確信は,その時々の状況だけに基づくべきではありません。エホバが述べたことを重く受け止め,エホバが与えていない期待や日付を付け加えないようにしたいと思います。
エゼキエル 26:7 — 主権者である主エホバはこう言う。『私は,北からバビロンのネブカドネザル王にティルスを攻めさせる。彼は王の中の王であり,馬,戦車,騎兵,大きな軍隊と共に来る。
コメント 5: エゼキエル 26:7は,ネブカドネザル,その王国,そしてどの方向から来るかを特定しています。この預言には,将来の問題についての曖昧な説明だけでなく,具体的な情報が含まれていました。このことから,聖書に出てくる名前や細かな点を読み飛ばさず,注意深く読むよう励まされます。研究する時,それぞれの情報がメッセージに何を加えているかを考えられます。そのように注意深く読むなら,聖句をよりよく理解し,正確に説明できます。
エゼキエル 26:8 — 彼は本土の町々を剣で滅ぼし,包囲壁を建て,あなたを攻めるための土塁を築き,あなたに向かって大盾を構える。
コメント 6: エゼキエル 26:8は,城壁を築き,攻撃用の土塁を造るなど,包囲攻撃の具体的な行動を描いています。エホバの予告には,最終的な結果だけでなく,軍事的な手段も含まれていました。このことから,神の言葉がどのように実現しなければならないかについて,自分の考えを押し付けてはならないと分かります。預言を研究する時は,本文が示している細部を尊重し,説明されていないことを想像で補わないようにする必要があります。
エゼキエル 26:12 — 彼らはあなたの資産を奪い取り,商品を略奪し,城壁を壊し,立派な家を打ち壊す。そして,あなたの石や木材や土を海に投げ込む』。
コメント 7: エゼキエル 26:12は,ティルスの資材が水の中に入ることを予告しました。アレクサンドロス大王がその瓦礫を土手道の建設に使ったことから,具体的な実現を確認できます。これは宣教に役立つ宝石です。聖書は信頼できるとだけ言うのではなく,預言を示し,それが実現した事実を説明できます。分かりやすい例は,なぜ聖書を信頼しているのかを理解する助けになります。
エゼキエル 26:13 — 『私はあなたの騒がしい歌をやめさせる。たて琴の音ももう聞かれなくなる。
コメント 8: エゼキエル 26:13は,ティルスの歌とたて琴の音が聞こえなくなることを予告しています。活動や娯楽が盛んでも,予告された裁きが来るのを防ぐことはできませんでした。このことから,楽しみで満ちた生活が霊的に順調であることを保証するわけではないと分かります。楽しい時間を過ごすことにはふさわしい場所がありますが,娯楽によって考える時間を失いたくありません。自分の行動を調べ,エホバの導きに耳を傾けるため,静かな時間を取る必要があります。
エゼキエル 26:15 — 主権者である主エホバはティルスにこう言う。『死にかけている人々がうめき,あなたの中で虐殺が行われる時,あなたが崩壊する音に島々は身震いしないだろうか。
コメント 9: エゼキエル 26:15は,死にかけている人々のうめきと,ティルスの崩壊を前に島々が震えることに触れています。これらの細部から,破壊に関する記述には現実の人間の苦しみが伴うことを思い出せます。読む時や説明する時,単に印象的な場面として扱ったり,冷たい話し方をしたりしたくありません。エホバの正義を認めながら,悪の痛ましい結果に対して敬意と真剣さを保てます。
エゼキエル 26:16 — 海の全ての長は,自分たちの座から降りてきて,長い外衣を脱ぎ,刺しゅうが施された服を脱ぎ捨て,震え始める。彼らは地面に座り,震え続け,ぼうぜんとあなたを見つめる。
コメント 10: エゼキエル 26:16は印象的な対照を示しています。海の長たちは王座を離れ,立派な衣服を脱ぎ,震えながら地面に座ることになります。彼らの地位はティルスの崩壊に対する恐れから救いませんでした。このことから,称号や影響力,外見に目を奪われないようにしたいと思います。他の人と接する時,社会的な立場ではなくその人の良い特質を評価し,誰もがエホバの導きを必要としていることを忘れないようにします。
エゼキエル 26:17 — そしてあなたをしのんで哀歌を歌い,こう言う。「あなたは滅びてしまった。海から来た人々が住み着いた,褒めたたえられた町よ。あなたと住民は海で力を振るい,地上に住む全ての人が恐怖を覚えるほどだった。
コメント 11: エゼキエル 26:17は,ティルスを称賛される強力な都市であると同時に,人々に恐怖を与える都市として描いています。これは,称賛されることが必ずしも正しく行動していることを意味しないと示しています。尊敬を得ることと,他の人に恐れられることの違いについて考えさせられます。家庭や会衆で,厳しい言葉によって自分の意見を押し通したくありません。何らかの責任を担う時も,他の人に威圧感ではなく敬意を伝える接し方をしたいと思います。
エゼキエル 26:21 — 私はあなたを突然の恐怖に陥れ,あなたはいなくなる。人々はあなたを捜すが,あなたは永久に見つからない』と,主権者である主エホバは宣言する」。
コメント 12: エゼキエル 26:21は,主権者である主エホバの断固とした判決で終わっています。ティルスは将来裕福になると自信を持って語っていましたが,エホバは全く異なる結果を予告しました。この対照から,計画を立てる時に謙遜であるよう教えられます。何かが自分にとって便利で,起こりそうに思えるだけでは十分ではありません。自分の目標がエホバの是認することと調和しているかを考え,必要なら修正する心構えが必要です。自分の確信をエホバの言葉より重視してはなりません。
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