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2027年1月18日から24日の週の「宝石を探し出す」

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エゼキエル 16:8 エホバはイスラエル国民にどんな素晴らしい機会を与えましたか。(塔12 10/15 25ページ10節)

エゼキエル 16:8 — 主権者である主エホバはこう宣言する。『私は,そばを通り掛かってあなたを見た時,あなたが愛情を表現できる年頃になったことに気付いた。それで,服を広げてあなたの裸を覆い,誓いを立てて,あなたと契約を結んだ。こうして,あなたは私のものとなった。

回答 1: エホバは,すべての民の中から自分の特別な所有物となる機会をイスラエルに与えました。イスラエル人をエジプトから解放した後,単に自由を与えただけでなく,契約によってエホバとの特別な関係を持てるようにしました。全地はエホバのものですが,イスラエルを特別な仕方で扱おうとしたのです。その特権を楽しむには,イスラエル人はエホバの声に従い,契約を守らなければなりませんでした。

回答 2: その機会の素晴らしい点の1つは,イスラエルが祭司の王国,聖なる国民になれることでした。その約束は,国民として保護や幸福を受けることに限られていませんでした。従順であれば,その国民の多くの人がエホバに祭司として用いていただけるという希望を持てたのです。ですから,その契約によって,非常に価値のある奉仕に参加する可能性が開かれました。

回答 3: エホバがイスラエルに与えた機会は,人類の他の人々にも益をもたらすものでした。イスラエル人が従順であれば,その国民の多くが,ほかの人々を祝福する祭司の王国として用いられる可能性がありました。ですから,単に諸国民の中で目立つ立場に就くということではありませんでした。エホバは,イスラエル国民以外にも祝福をもたらす事柄に参加する特権を与えようとしていたのです。

回答 4: エホバはイスラエルの前に並外れた機会を置きましたが,それを生かすための条件を明確にしました。イスラエル人はエホバの声に厳密に従い,契約を守らなければなりませんでした。エジプトから解放されたからといって,約束された全ての特権を自動的に受けられたわけではありません。従順に応じるなら,エホバの特別な所有物,聖なる国民となれました。ですから,この約束には,エホバとの特別な関係と,エホバに忠実であり続ける責任の両方が含まれていました。

回答 5: エゼキエル 16章8節は,エホバがこの機会をどれほど真剣に差し出したかを強調しています。エホバは誓いを立て,イスラエルと契約を結びました。それは漠然とした可能性ではなく,エホバ自身が保証した約束でした。エジプトでの奴隷状態からイスラエル人を救い出した後,彼らと特別な関係を持つことを約束したのです。その契約の中で,祭司の王国と聖なる国民になる機会を与えました。

今週の聖書朗読からどんな宝石を見つけましたか

エゼキエル 15章の宝石

エゼキエル 15:1 — エホバが再び私に語り掛けてこう言った。

コメント 1: エゼキエル 15章1節から,そのメッセージが預言者の意見ではなくエホバからのものだったことが分かります。これは,霊的な事柄について話す時,権威となるのは神の言葉であるべきだということを思い出させます。宣教では,自分の考えを述べるだけでなく,聖書が教えていることを人々が理解できるよう助けたいと思います。

エゼキエル 15:2 — 「人の子よ,ブドウの木は,森林の他の木やその枝とどのように違うか。

コメント 2: エゼキエル 15章2節で,エホバはブドウの木の木材をほかの木の木材と比べるよう促しています。その後エルサレムに当てはめられるこの例えは,根拠のない優越感に疑問を投げ掛けています。神の民に属しているからといって,他の人より自分の方が優れていると感じる理由にはなりません。大切なのは,自分をどう見ているかではなく,エホバが自分に望んでいることにどう応じるかです。

エゼキエル 15:2 — 「人の子よ,ブドウの木は,森林の他の木やその枝とどのように違うか。

コメント 3: エゼキエル 15章2節でエホバが教えている方法にも注目できます。難しい説明から始めるのではなく,ブドウの木の木材という身近なものについて質問しています。その質問によって,聞く人は教訓を理解する準備ができます。聖書を教える時,この方法をまねできます。簡単な質問をし,答えを聞き,相手が筋道立てて考えられるよう助けるのです。すぐに全ての結論を与えようとはしません。

エゼキエル 15:3 — ブドウの木で作ったさおを仕事に使えるだろうか。その木で,器具を掛けるくぎを作るだろうか。

コメント 4: エゼキエル 15章3節は,木材の見た目ではなく有用性に注意を向けています。エホバは,それで何かの仕事ができるか,簡単な器具を掛けるくぎさえ作れるかと尋ねています。この考えから,自分の奉仕について考えさせられます。自分の信仰は有用な行動に表れているでしょうか。会衆では,目立つことを心配するより,協力して具体的な必要を満たしたいと思います。たとえ簡単で目立たない働きであってもです。

エゼキエル 15:4 — その木は燃料として火に投げ入れられ,火で両端を焼かれて真ん中も焦げる。それが何かの仕事に適しているだろうか。

コメント 5: エゼキエル 15章4節では,火はブドウの木の木材を良くするのではなく,燃やして焦がします。これは,エルサレムに対して告げられた裁きの深刻さを示すイメージです。エホバの警告を誇張だと考えてはならない,ということを思い出させます。聖書がある行動の危険を示しているなら,その行動がすぐに与えるものだけに目を向けず,実際の結果について立ち止まって考えるべきです。

エゼキエル 15:5 — 燃やされる前でさえ,その木には使い道がない。火で焼かれて焦げてしまったら,なおのこと役に立たないのではないか」。

コメント 6: エゼキエル 15章5節は,火に入れる前と後の木材の状態について考えさせます。火に入れる前からその仕事に使えなかったのであれば,損傷を受けた後にもっと役立つようになることはありません。このことから,必要な変化を先延ばしにしないよう励まされます。時間がたつだけで悪い習慣が直るわけではありません。霊的な弱点に気付いたなら,結果に追い込まれてからではなく,対策を取れる今のうちに対処する方がよいのです。

エゼキエル 15:6 — 「それで,主権者である主エホバはこう言う。『私は,森林の木々の中でブドウの木を,火にくべる燃料として与えた。それと同じようにエルサレムの住民を扱う。

コメント 7: エゼキエル 15章6節は,エホバがエルサレムの住民自身に裁きを下すことを示しています。その都市との特別な関係があったからといって,不忠実を見過ごしたわけではありません。これは,霊的な特権を是認の保証と取り違えてはならないことを教えます。長年エホバに仕えていることや責任を担っていることは,従順に代わるものではありません。注意すべきなのは,毎日の行動とエホバとの個人的な関係です。

エゼキエル 15:6 — 「それで,主権者である主エホバはこう言う。『私は,森林の木々の中でブドウの木を,火にくべる燃料として与えた。それと同じようにエルサレムの住民を扱う。

コメント 8: エゼキエル 15章6節で,エホバはブドウの木がエルサレムの住民を表していることを明確に説明しています。エゼキエルが自分で適用を推測する必要はありませんでした。これは,聖書の例えを文脈の中で読むよう教えています。細かな点に意味を当てはめる前に,その箇所自体の説明に注目すべきです。そうすれば,本文が教えていない考えを加えずに,役立つ教訓を引き出せます。

エゼキエル 15:7 — 私は彼らに厳しい顔を向けた。彼らは火から逃れたが,火で焼き尽くされることになる。私が彼らに厳しい顔を向ける時,あなたたちは私がエホバであることを知らなければならなくなる』」。

コメント 9: エゼキエル 15章7節は,火から逃れたからといってエホバの裁きから安全になったわけではないと警告しています。これは,目に見える結果がまだないので,ある行動はそれほど悪くないと考える危険な推論について考えさせます。すぐに結果が生じないことは,神の是認を意味しません。自分の決定を,今まで問題を避けられたかどうかではなく,エホバの言葉に照らして評価したいと思います。

エゼキエル 15:7 — 私は彼らに厳しい顔を向けた。彼らは火から逃れたが,火で焼き尽くされることになる。私が彼らに厳しい顔を向ける時,あなたたちは私がエホバであることを知らなければならなくなる』」。

コメント 10: エゼキエル 15章7節の別の点として,エホバが彼らに対して行動する時,その住民はエホバが誰であるかを認めなければならなかったことが挙げられます。名前を知っているだけでは十分ではなく,権威を真剣に受け止める必要がありました。これは,私にとってエホバを知るとはどういうことかを考えさせます。聖書の情報を持っているだけでなく,エホバについて学んだことが決定やエホバの規準を受け入れる態度に影響することを望みます。

エゼキエル 15:8 — 「『私はこの土地を荒廃させる。彼らが不忠実なことをしたからである』と,主権者である主エホバは宣言する」。

コメント 11: エゼキエル 15章8節は,裁きの理由が住民の不忠実な行いだったと説明しています。エホバは理由を説明せずに恣意的に罰したのではありません。この点から,エホバが忠実と不忠実を区別する公正な神であることが分かります。聖書の裁きに関する記述を読む時,結果の厳しさだけで印象を決めるのではなく,エホバが示している理由に注意したいと思います。

エゼキエル 15:8 — 「『私はこの土地を荒廃させる。彼らが不忠実なことをしたからである』と,主権者である主エホバは宣言する」。

コメント 12: エゼキエル 15章8節では,不忠実の結果が土地にも及び,荒廃することになりました。悪い行いの影響は,それを行う人だけに限られるとは限りません。このことから,自分の決定が家族や会衆にどんな影響を与えるかを考えるよう促されます。個人的な問題だと正当化する前に,他の人を傷つけたり,私に対する信頼を損なったりしないか考えたいと思います。

エゼキエル 16章の宝石

エゼキエル 16:6 — そばを通り掛かった私は,あなたが自分の血にまみれて足をばたつかせているのを見た。それで,血まみれのあなたに,『生き続けなさい!』と言った。血まみれのあなたに,『生き続けなさい!』と言ったのである。

コメント 1: エゼキエル 16章6節では,エホバが,捨てられて無力な幼い女の子に例えられたエルサレムに関心を示しています。他の人が無関心であるのとは対照的に,エホバはその子が生きられるよう行動しました。この描写はエホバの思いやりを際立たせています。孤独や弱さを感じている人に注意を向け,誰か他の人が世話をするだろうと決めつけないよう励まされます。

エゼキエル 16:14 — 「『あなたが美しいので,名声が国々の間に広まっていった。私があなたを光り輝かせたので,その美しさは完全だったのである』と,主権者である主エホバは宣言する」。

コメント 2: エゼキエル 16章14節は,エルサレムの美しさと名声が,エホバが与えた輝きによるものだったと説明しています。その特別な立場は,エホバとは無関係に得た成果ではありません。このことは,自分の能力や責任について謙遜な見方を保つ助けになります。会衆で行ったことについて評価されたなら,受けた教えや援助を思い出し,ふさわしい功績をエホバに帰したいと思います。

エゼキエル 16:15 — 「『しかし,あなたは自分の美しさを誇るようになり,自分の名声ゆえに娼婦となった。通り掛かる全ての者と見境なく売春をし,自分の美しさを差し出した。

コメント 3: エゼキエル 16章15節は,危険な変化を明らかにしています。エルサレムは自分の美しさに頼るようになりました。エホバから受けたものが,自分を信頼する理由になったのです。良い特質でさえ,態度を警戒しないなら誇りを生じさせることがあります。経験があり,ある務めが得意だからといって,導きが必要なくなるわけではありません。特に物事がうまくいっている時も,教えられやすい人であり続けたいと思います。

エゼキエル 16:17 — またあなたは,私が与えた金や銀の美しい装飾品を使って男性の像を作り,それらと売春をした。

コメント 4: エゼキエル 16章17節は,エホバから与えられた金や銀を使って偶像を作ったという,極めて重大な恩知らずを示しています。問題は価値ある物を持っていたことではなく,それをエホバの不興を買うことに使ったことでした。この点から,自分の資産の使い方を見直したいと思います。お金や能力,体力はさまざまな方法で使えます。それらをエホバへの崇拝に調和した仕方で用いているか,反する仕方で用いていないか確かめたいと思います。

エゼキエル 16:20 — 「『あなたは私のために産んだ息子や娘を偶像に犠牲として捧げた。まだ自分の売春に満足していないのか。

コメント 5: エゼキエル 16章20節で,エホバは息子や娘を偶像への犠牲として捧げたことを非難しています。その言葉から,子供たちに加えられた害がエホバにとってどれほど重大だったか分かります。その行為を現代の状況と同一視することなく,明確な原則を学べます。崇拝を理由に幼い子供を虐待することは決して正当化できません。子供を世話するとは,その幸福を守り,教えたり矯正したりする時にも優しく接することです。

エゼキエル 16:22 — あらゆる忌まわしい行いや売春にふけりながら,あなたは自分の幼い頃のことを思い出さなかった。裸で,自分の血にまみれて足をばたつかせていた時のことだ。

コメント 6: エゼキエル 16章22節は,エルサレムの忌まわしい行いを,最初の頃の自分の状態を忘れたことと結び付けています。エホバの助けがどれほど必要だったかを,もはや覚えていませんでした。これは,感謝を込めて思い出すことの価値を教えます。真理を知ることが自分の生活にどう影響したか,どんな霊的援助を受けてきたかを考える時間を取れます。そうした思い出を鮮明に保つなら,エホバとの関係を当然のものと見なさずに済みます。

エゼキエル 16:30 — あなたがこれらのことを行い,恥知らずな娼婦のように振る舞った時,あなたの心は何と病んでいたのか』と,主権者である主エホバは宣言する。

コメント 7: エゼキエル 16章30節で,エホバは悪い行いを列挙するだけでなく,エルサレムの心が病んでいたと指摘しています。霊性を守るには,他の人に見える行動を直すだけでは不十分です。自分の願いや動機も調べる必要があります。間違ったことをするための言い訳を探しているなら,その傾向に対処すべきです。エホバに正直に話し,内面から問題を正せるよう,エホバの言葉に助けてもらいたいと思います。

エゼキエル 16:43 — 主権者である主エホバはこう宣言する。『あなたは自分の幼い頃のことを思い出さず,これらのことを行って私を怒らせたため,自分の歩みの報いを受けることになる。みだらな行いやあらゆる忌まわしい行いを続けることはもうない。

コメント 8: エゼキエル 16章43節で,エホバはエルサレムが自分の行動の結果に直面しなければならないことを明らかにしています。自分の決定とその結果を切り離すことはできません。このことは,間違えた時に責任を認めるよう教えます。状況や他の人がしたことに目を向けるのではなく,自分の責任を認めて正せます。謙遜に結果を受け入れることは,変化の必要を認めないための説明を探すこととは全く違います。

エゼキエル 16:49 — 『あなたの妹ソドムは次の過ちを犯した。彼女と娘たちは高慢で,十分の食料を持ち,平穏無事に暮らしていたが,苦しんでいる人や貧しい人を助けなかった。

コメント 9: エゼキエル 16章49節は,ソドムが豊かで何の心配もなく暮らしていたのに,苦しむ人や貧しい人を助けなかったことを強調しています。エホバは,その誇りと思いやりの欠如の両方をご覧になりました。これは,害を加えないだけでは十分でなく,助けを必要としている人に関心を示すべきだと考えさせます。ある程度穏やかに暮らせているなら,その余裕を他の人にもっと注意を向けるために用い,快適さによって人の困難に無関心にならないようにしたいと思います。

エゼキエル 16:59 — 「主権者である主エホバはこう言う。『私はあなたの行いに応じてあなたを扱う。あなたは誓いを軽んじ,私との契約を破った。

コメント 10: エゼキエル 16章59節は,契約を破ることが誓いを軽んじることに等しいと示しています。エホバにとって,約束は守るのが難しくなった時に価値を失う形式的なものではありません。このことは,特に崇拝に関係する約束を真剣に受け止めるよう励まします。約束する前に慎重に考え,その後は言ったことに忠実であるよう努めるべきです。忠節は良い意図を表すだけでなく,行動によってそれを保つことで示されます。

エゼキエル 16:60 — しかし私は,幼い頃のあなたと結んだ契約を思い起こし,あなたと永遠の契約を結ぶ。

コメント 11: エルサレムの不忠実を非難した後,エゼキエル 16章60節でエホバは契約を思い出すと言っています。この対照はとても美しいものです。エホバの民の間違いによって,エホバが忘れっぽくなったり信頼できなくなったりすることはありません。このことは,エホバの忠実さへの確信を強めます。この章の警告を読む時,この特質を見失わないようにしたいと思います。エホバは,自分の規準だけでなく,自分で定めた約束も真剣に受け止めます。

エゼキエル 16:63 — あなたがした全てのことのために私が贖罪を行う時,あなたは自分がしたことを思い出して恥じ,恥辱のゆえに口を開けなくなる』と,主権者である主エホバは宣言する」。

コメント 12: エゼキエル 16章63節は,エホバが行う贖罪と,過去の行いに対する深い屈辱を結び付けています。エホバの憐れみは,間違いを取るに足りないものにするわけではありません。このことは,許しをどのように評価すべきかを教えます。罪を軽く見る許可ではなく,謙遜で感謝する理由と見るのです。エホバの憐れみがどれほど必要かを認めるなら,自分を正当化する理由は少なくなり,エホバが不快に思うことを心から変えたいという願いが強くなります。

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