エホバとイエスとの友情を強める方法
1. エホバが私たちにご自分を知り,愛してほしいと思っていることは,どうして分かりますか
詩編 139:1-4 — エホバ,あなたは私の全てを探りました。私のことを知っています。 座るのも立つのも知っています。遠くから私の考えを知ります。 旅するのも横になるのも見ています。私の全ての歩みをよく知っています。 私がまだ言葉を口にしていないのに,エホバ,あなたはすでに私の考えをよく知っています。
回答 1: この詩は,私たちが考えを言葉にする前から,エホバが一人一人を知ってくださっていることを示しています。エホバがそのように関心を払ってくださることを考えると,私たちと親しい関係を築きたいと思っていることが分かります。
回答 2: エホバが私たちを創造する際,エホバとの友情を育める能力を与えてくださったからです。エホバは命を与えただけでなく,エホバを知り,愛することもできるようにしてくださいました。そのことから,エホバに近づくのは,エホバが与えたくないものを得ようとすることではないと分かります。むしろ,私たちは友になってほしいというエホバの願いに応えているのです。エホバが率先してくださったことを考えると,感謝の気持ちでいっぱいになります。
回答 3: エホバに近づきたいと思う人たちを扱う方法からも,エホバが私たちとの友情を望んでいることが分かります。エホバはその人たちの祈りを聞き,必要な助けや導きを与えます。ですから,エホバの関心は遠くかけ離れたものでも,個人的でないものでもありません。私たちは,エホバが自分たちを大切にしてくださっていると確信して,気兼ねなく話し掛けることができます。創造者が私たちの必要に目を留めてくださると知ると,うれしくなり,エホバをもっと知りたいという気持ちになります。
2. 不完全なのに,エホバの友になれると分かるのはなぜですか
ローマ 5:10 — 敵だった時に神の子の死によって神と和解したのですから,まして和解した今,神の子の命によって救われるはずなのです。
回答 1: この聖句から,イエスの死によって神と和解できるようになったことが分かります。ですから,私たちが不完全だからといって,エホバとの友情を築けないわけではありません。エホバご自身が,ご自分に近づくための手段を設けてくださいました。自分の限界だけに目を向けるのではなく,エホバとその子がしてくださったことを感謝できます。
回答 2: エホバは,人間が完全になるまで待って,愛していることを示したのではありません。アダムとエバの罪のために,私たちはエホバから離れた状態で生まれます。それでもエホバは,私たちを助けるために非常に大きな犠牲を払うことをいといませんでした。愛する独り子を遣わしたのです。そのことから,エホバが私たちを友にすることをどれほど大切に思っているかが分かります。失敗して落ち込む時には,エホバが愛情深く率先してくださったことを思い出すなら,エホバとの友情を諦めずに済みます。
回答 3: イエスは,人間の限界があっても,エホバは目的を果たせると教えました。罪によって神から離れた状態を,自分たちの力だけで解決することはできませんでした。しかしエホバは,ご自分の子を通して道を開くことができましたし,実際にそうしてくださいました。ですから,エホバの友になれるという確信は,私たちの能力ではなく,エホバの力と愛に基づいています。
回答 4: エホバとイエスがしてくださったことによって,私たちはお二人に近づけます。しかし,私たちもその愛に応える必要があります。この段落は,イエスのおきてに従うことと友情を結び付けています。関係を育て始めるために完全になるまで待つ必要はありません。従うよう努力することによって,今から愛を大切にしていることを示せます。そうすれば,感謝は単なる感情にとどまらず,行動に表れます。
3. エホバとの関係が,人間との友情とは大きく異なるのはなぜですか
詩編 15:1 — エホバ,あなたの天幕にとどまるのは誰ですか。あなたの聖なる山に住むのは誰ですか。
回答 1: 詩編作者の質問から,エホバの近くにいられることをどれほど大切に思っていたかが分かります。これは私たちと同じレベルの人との友情ではなく,創造者との友情です。ですから,エホバをとても身近に感じることがあっても,エホバの偉大さを決して見失いません。エホバとの友情は特権であり,感謝と深い敬意を示すに値します。
回答 2: 主な違いは,エホバがどんな方かという点です。エホバは全能の神であり,私たちの創造者です。人間の友達は私たちと同じような限界を抱えていますが,エホバは私たちよりはるかに優れた方です。それなのに私たちと個人的な関係を持ちたいと思ってくださることは,実に素晴らしいことです。エホバの近くにいることを喜びつつも,単なる仲間のように扱ってはなりません。エホバとの友情にはいつも,愛と謙遜と深い敬意が伴います。
回答 3: エホバの友になれることは,比べもののない名誉です。時には,エホバを友と呼ぶことに慣れてしまい,その意味を忘れるかもしれません。創造者が私たちに近づくことを許してくださっているのです。その事実をじっくり考えるなら,エホバとの友情を当たり前のものとは考えなくなります。むしろ,エホバをもっと知り,人間の友情では決して代えられない関係を強めるよう努力したいと思います。
4. 時々,信じるのが難しいのはどんなことですか
ローマ 6:23 — 罪の代償は死ですが,神が与える贈り物は,私たちの主であるキリスト・イエスによる永遠の命なのです。
回答 1: この聖句が教えている永遠の命を受け入れていても,エホバが自分個人の友になりたいと思っているのだろうか,と考えることがあります。この段落はその2つを区別しています。人類に対するエホバの目的を疑っていなくても,自分の失敗のために,愛してもらう価値がないと感じることがあるのです。その不安に気付くなら,エホバが自分に関心を持ってくださっていることへの確信を強める必要があると分かります。
回答 2: 自分の不完全さを間近に見ているため,エホバが自分の友になりたいと思っているとは信じにくい時があります。どれほど多くの間違いを犯しているかを知っているので,そのことばかり考えてしまうかもしれません。そのため,エホバがご自分に仕える人たちを愛していることは認めても,その真理を自分自身に当てはめるのが難しくなります。この段落は,神の約束を知らないのではなく,個人的に感じる不安を言葉にしています。
回答 3: エホバが人々を愛していると思うだけでなく,自分の友になりたいと思っていると確信するのが難しいことがあります。違いは,エホバの関心を自分に向けられたものとして感じられるかどうかです。不完全さのために,エホバが愛情をもって自分に目を留めてくださるとは思えなくなるかもしれません。ですから,自分の気持ちだけに基づいて結論を出すのではなく,エホバが私たちを近くに引き寄せるためにしてくださったことを調べるのが役立ちます。
5. エホバが私たちの友になりたいと思っていると確信できるのはなぜですか(絵も参照)
ヨハネ 3:16 — 神は,自分の独り子を与えるほどに人類を愛したのです。そのようにして,独り子に信仰を抱く人が皆,滅ぼされないで永遠の命を受けられるようにしました。
回答 1: エホバは,最も大切なもの,つまり独り子を与えることによって愛を示しました。人類に良いことを願っていると表明しただけではありません。私たちを救うために,並外れた犠牲を払いました。ですから,エホバが私たちとの友情を望んでいるのだろうかと疑う時には,その友情を可能にするためにエホバが進んで払った代価を考えることができます。
回答 2: 理由の1つは,アダムとエバが反逆した直後から,エホバが行動を起こし始めたことです。2人の罪によって,私たちがエホバに近づく可能性が全て失われるままにはしませんでした。それ以来,人類を救うために必要なことを進めてきました。その率先した行動から,私たちの幸福と友情を大切に思っていることが分かります。そのことをじっくり考えると,エホバの目的が義務ではなく愛の表れであると理解できます。
回答 3: 受け継いだ不完全さがあっても,エホバは人間を愛するのをやめませんでした。この点はとても慰めになります。私たちは自分の欠点ばかり見てしまうことがありますが,エホバは私たちがご自分に近づけるよう,愛をもって行動し続けてくださっています。エホバの行動は,愛情を確信する確かな根拠です。ですから,自分には価値がないという気持ちを,エホバの愛の証拠より重く見てはなりません。
回答 4: この絵は,アダムの不従順と,苦しみの杭の上でのイエスの犠牲を対比しています。神から離れた状態の原因と,それを解決するためにエホバがしてくださったことの両方を思い出させてくれます。私たちがエホバの友になれるよう,愛する子を死なせることをお許しになりました。この対比を考えると,エホバとの友情が非常に大きな愛の表れに基づいていることが分かります。それで,その友情を大切にし,守りたいと思います。
6. 私たちがエホバに近づけるよう,エホバは何をしてくださいますか。(ヤコブ 4:8)
ヤコブ 4:8 — 神に近づいてください。そうすれば,神は近づいてくださいます。罪人たち,手を清めてください。優柔不断な人たち,心を清めてください。
回答 1: この聖句から,私たちがエホバに近づこうと努力すると,エホバが応えてくださることが分かります。友情を育むための努力を私たちだけにさせるわけではありません。エホバがそのようにしてくださるので,私たちは心から祈ったり,生活の中で必要な点を正したりするなど,具体的な行動を取るよう励まされます。エホバが私たちとのいっそう親しい関係を望み,助けてくださることを知っています。
回答 2: エホバは,私たちが不完全であることを知っていながら,優しく引き寄せてくださいます。私たちが友になるのをただ許すだけでなく,私たちが近づけるように行動してくださるのです。このことから,エホバが私たちをどのように扱うかについて多くを学べます。私たち一人一人を気に掛け,愛に応えるよう励ましてくださいます。自分には価値がないと感じる時でも,エホバが私たちを引き寄せたいと思っていることを思い出すなら,友情を育み続けるために必要な確信を持てます。
回答 3: エホバは,いつも話し掛け,自分の本当の気持ちを伝えるよう招いてくださいます。一般的な事柄だけを祈る必要はありません。心配事を伝え,心を打ち明けることができます。そのような率直なコミュニケーションによって友情は強まります。特に重荷を感じる時には,それを活用するようこの段落は勧めています。自分の気持ちを全て抱え込むのではなく,エホバは聞きたいと思ってくださっていると確信して,エホバに近づけます。
回答 4: エホバは私たちの祈りを聞くだけでなく,答えてくださいます。フィリピの書には,願いをエホバに知っていただくなら,エホバが与える平和を受けられると説明されています。ですから祈りは,単に気持ちを表す方法ではありません。私たちを気に掛けてくださる父との現実の関係の一部なのです。その助けを活用すればするほど,エホバを信頼し,感謝を込めて近づき続ける理由が増えます。
7. エホバは友である人たちにどんな特質を示しますか。私たちにはどんな意味がありますか。(出エジプト記 34:6)
出エジプト記 34:6 — エホバはモーセの前を通り過ぎつつ,こう宣言した。「エホバ,エホバ,憐れみ深く,思いやりがある神,すぐに怒らず,揺るぎない愛に満ち,常に信頼できる。
回答 1: エホバは,揺るぎない愛に満ちた神であるとご自分を説明しています。これは,友である人たちへの愛情が表面的でも一時的でもないということです。そこには献身と深い愛着が伴っています。このことを知ると安心できます。エホバとの友情を育むなら,私たちの弱さを知りながらもそばにいて助けたいと思ってくださる方がいるからです。
回答 2: エホバは全ての人を愛していますが,友である人たちには揺るぎない愛を示します。この特質には献身と深い愛着が関係している,とこの段落は説明しています。ですから,エホバとの友情は不安定なものでも,一時的な関心に左右されるものでもありません。エホバが私たちを心から気に掛けてくださることを信頼できます。その安心感があれば,独りきりだとか,もう気に掛けてもらえていないなどと考えずに,難しい状況に立ち向かえます。
回答 3: エホバは揺るぎない愛に動かされて,私たちを許し,助けてくださいます。エホバが私たちの間違いを知っているために,私たちは落胆することがあるかもしれません。それでこれは特に大切です。この段落は,弱さを見るとすぐに離れていく友ではなく,支えたいと思ってくださる友について述べています。そのことを思い出すと,恥や落胆のためにエホバから離れるのではなく,改善するためにエホバの助けを求めるよう励まされます。
回答 4: 聖書がエホバの揺るぎない愛の大きさを何度も強調していることに心を引かれます。エホバがその特質を持っているというだけでなく,並外れた寛大さをもって示しているのです。そのことは,エホバに対する見方を調整する助けになります。エホバの愛について疑問を感じる時には,限られた自分の感情では捉えきれないほど,エホバの愛がはるかに大きいことを思い出せます。
8. エホバが友であるアブラハムとダビデを決して忘れなかったことは,どんな点から分かりますか。(写真も参照。)
イザヤ 41:8 — 「しかし,イスラエルよ,あなたは私に仕える者であり,ヤコブよ,私が選んだあなたは,私の友アブラハムの子孫である。
回答 1: エホバは,アブラハムが死んでから何百年もたった後も,アブラハムを自分の友として認めていました。時がたっても,アブラハムへの愛情は薄れませんでした。このことから,エホバが友情を育んだ人たちを忘れないことが分かります。エホバの記憶と愛は,人間のものよりはるかに確かなのです。
回答 2: ダビデについては,エホバは彼の王座を永久に確立するという約束を心に留めていました。ずっと後になって,イエスがその王座を受けることを知らせました。こうして,友であるダビデに語ったことを忘れていなかったことを示しました。この例から,エホバの約束を信頼できます。どれほど長い時間がたっても,エホバはご自分の約束を見失わず,忠実な人たちを大切にし続けるからです。
回答 3: エホバはダビデにした約束を思い出しただけでなく,それを果たしました。この段落によると,1914年にイエスを天で王,メシアとして任命しました。このことから,エホバの忠実さが行動によって示されることが分かります。私たちも,約束がすぐに実現しない時であっても,エホバを信頼できます。エホバは友である人たちも,その人たちにした約束も忘れません。
回答 4: アブラハムとダビデの例から,エホバとの友情の美しい面を2つ学べます。エホバはアブラハムへの愛情を保ち,ダビデとの約束を果たしました。人も約束も忘れなかったのです。そのことから,エホバの揺るぎない愛をいっそうよく理解できます。エホバとの友情は時がたっても価値を失いません。ですから,それを大切にし,エホバの近くにとどまる努力をする価値があります。
9. アンナに起きたことから何を学べますか。(写真も参照。)
サムエル第一 2:21 — エホバがハンナに注意を向けたので,ハンナは妊娠し,さらに3人の息子と2人の娘を産んだ。少年サムエルはエホバの前で成長していった。
回答 1: エホバはアンナを忘れていませんでした。アンナにはサムエルのほかに,さらに5人の子供が与えられました。この経験から,エホバが友である人たちを気に掛け,同情してくださることが分かります。誰かが自分は取るに足りないと感じていても,エホバにとってそうだという意味ではありません。アンナの例は,エホバの愛情と一人一人への関心を信頼する助けになります。
回答 2: エホバのよく知られた奉仕者と自分を比べて,自分の価値は低いと結論してはいけないと学びました。この段落がアンナに触れているのは,エホバがアブラハムやダビデのような人だけに揺るぎない愛を示すのではないことを示すためです。苦しみ,価値がないと感じる人にも注意を向けてくださいます。ですから,エホバとの友情を信頼できるかどうかを,自分がどれほど重要だと思うかに左右されるべきではありません。
回答 3: アンナの例から,苦しみを感じる時にはエホバに心を打ち明けることを学べます。ペニンナのひどいあざけりに大きな苦痛を感じましたが,天の父に近づき,自分の気持ちを伝えました。私たちも同じように率直に話せます。感情を隠したり,自分の心配事は小さすぎると考えたりする必要はありません。そのようなコミュニケーションを育てるなら,最も良い友であるエホバの支えを求めるようになります。
回答 4: アンナがつらい状況にあったことは,エホバが彼女を愛さなくなったという意味ではありません。子供を持てず,さらにペニンナのあざけりにも耐えていました。それでもエホバは彼女の祈りを聞き,苦しみに関心を示しました。このことから,神の愛を,自分が経験している難しい状況だけで判断してはいけないと学べます。自分の気持ちをエホバが大切にしてくださると確信し,近づき続けられます。
回答 5: エホバがアンナの苦しみを取るに足りないものとして扱わなかったことに励まされます。エホバは彼女の願いを聞き,アンナの場合には子供を持てるようにしました。この段落が強調しているのは,エホバが友である全ての人に揺るぎない愛を示すという点です。ですから,もし自分に価値がないと感じる時には,アンナを思い出せます。エホバが私に優しい関心を示すことができるかどうかは,自分をどう見るかによって変わりません。
10. エホバの助言が人間の助言よりはるかに優れているのはなぜですか。(詩編 119:98-100)
詩編 119:98-100 — 私は敵よりも賢くなる。あなたのおきてがいつまでも私と共にあるから。 私には洞察力がある。私を教えてくれたどんな人よりも。あなたの教えをじっくり考えているから。 私の行動には理解力が表れる。年長の人よりも。あなたの命令を守っているから。
回答 1: 詩編作者は,エホバの導きについてじっくり考え,それに従うことと,自分の知恵を結び付けました。エホバの助言にはこのような利点があります。真の理解力を身に付ける助けになるのです。助言を知っているだけでは十分ではありません。じっくり考えて実行するなら,より良い決定をすることを学べます。
回答 2: エホバの助言が優れているのは,エホバが全てを知っていて,私たちに最善のことを望んでいるからです。人間は経験があっても不完全で,知識には限界があります。一方エホバは,完全な知恵と,ご自分に耳を傾ける人への愛を合わせ持っています。ですから,エホバの導きを信頼できます。エホバはご自分の利益のためではなく,私たちのために導いてくださいます。エホバの言葉に注意を払うなら,いつも私たちのためになります。
回答 3: もう1つの利点は,エホバの導きがいつでも利用でき,お金がかからないことです。最も良い友が時間を作って聞いてくれるのを待つ必要はありません。エホバは疲れたり眠る必要があったりしないからです。いつでも祈りでエホバに近づけます。完全に賢いだけでなく,導きを受けたいと願う人たちの必要に注意を払ってくださるので,エホバの助けは比類のないものです。
回答 4: エホバは何をすべきかを告げるだけでなく,知恵も与えてくださいます。エホバの言葉を読み,じっくり考え,従うなら,物事をいっそう明確に見ることを学べます。この段落は,エホバの助言に耳を傾けるなら,いつも良い結果になることを強調しています。ですから,決定をする時にはまず,エホバがどんな導きを与えているかを考えるのがよいでしょう。そうすれば,最も良い友であるエホバを,最も良い助言者としても大切にしていることを示せます。
11. エホバがとても寛大な友であることをどのように示していますか
ヤコブ 1:5 — 皆さんの中に知恵の欠けた人がいるなら,その人は神に求め続けてください。神はとがめたりせず,全ての人に惜しみなく与えてくださるからです。求め続ければ与えられます。
回答 1: エホバは,私たちに必要な知恵を与えることによって寛大さを示してくださいます。助けを求めても負担に感じさせたり,限界があることを責めたりはしません。そのため,問題にどう対処したらよいか分からない時,エホバに頼るよう励まされます。私たちには,物事を明確に考えられるよう助けたいと思い,導きを求め続けるよう招いてくださる友がいるのです。
回答 2: エホバの寛大さは,命と,命を楽しむために必要なものを与えてくださっていることにも表れています。この段落が述べているのは,ただ生き延びることだけではなく,喜びをもたらす良いものを受け取ることです。そのことを考えると,時には当たり前と思っているものの中にも,エホバの愛情が表れていることに気付けます。エホバから受け取っているものについて具体的に感謝し,エホバがとても寛大な父親であることを認めるなら,エホバとの友情を強められます。
回答 3: エホバは,私たちへの接し方においても寛大です。私たちは不完全ですが,エホバは敬意と尊厳を示し,愛されていると感じさせ,進んで許してくださいます。この組み合わせは非常に大切です。私たちに必要なのは,物質的な助けや助言だけではなく,自分が大切にされていると感じることでもあるからです。エホバの接し方は私たちをエホバに引き寄せ,私たち自身の友人に愛や思いやりを示す方法を教えてくれます。
回答 4: エホバの寛大さを示す最大の証拠は,愛する独り子の命を与えてくださったことです。その贈り物によって,私たちは永遠に生きる可能性を持てるようになりました。そのことを考えると,エホバの他の全ての善い行いを正しく見ることができます。エホバは,ご自分にとってほとんど犠牲にならないものだけを与えたのではありません。最も貴重なものを与えることをいとわなかったのです。そのことをじっくり考えると,エホバの愛に応えたいという気持ちが強まります。
12. ヘブライ 11章6節によると,エホバの良い友になるには何が必要ですか
ヘブライ 11:6 — 信仰がなければ,神に喜ばれることはありません。神に近づく人は,神が存在し,熱心に仕えようと努める人たちに報いてくださる,ということを信じなければなりません。
回答 1: 信仰が必要です。それには,エホバが存在し,誠実にエホバを探し求める人たちの努力を高く評価してくださる,という確信が含まれます。エホバについての事実を知っているだけでは十分ではありません。信頼が,エホバに近づき,その関係を大切にするよう私たちを動かす必要があります。そうするなら,エホバが存在することだけでなく,報いてくださることも信じていると示せます。
回答 2: エホバの良い友になるには,自分の側でも努力しなければなりません。エホバは私たちとの友情を望んでいますが,私たちは熱心にエホバを探し求め,強い関係を保つために努力する必要があります。友情は自動的に保たれるものではありません。信仰があれば,エホバに注意を向け,エホバの近くにいたいと思っていることを生き方によって示すようになります。
回答 3: エホバが私たちに報いたいと思ってくださっていることも信じる必要があります。その確信があれば,エホバを私たちの努力を高く評価してくださる友と見ることができ,私たちのすることに無関心な方とは見ません。エホバに近づくために自分の側で努力するなら,エホバがそれを高く評価してくださることを確信できます。ですから,信仰はエホバとの友情を始めるよう私たちを動かすだけでなく,その友情を強め続けるようにも動かします。
13. 神を畏れるとはどういう意味ですか
詩編 25:14 — エホバは,ご自分を畏れる人を親しい友とし,契約を知らせる。
回答 1: 詩編は,エホバへの畏れをエホバとの親しい友情と結び付けています。ですから,この畏れを,神から逃げたくなるようなものと考えるべきではありません。それは,エホバを不快にさせたくないと思うほど深い愛と敬意です。エホバとの友情を大切にすればするほど,エホバの望みに沿った決定をしたいという気持ちが強くなります。
回答 2: 神を畏れるとは,エホバをとても愛しているので,エホバを不快にさせることは何もしたくないと思うことです。その動機は,単に結果を避けることではなく,非常に大切にしている友情を守ることです。誰にも見られていない時でさえ,そのことは私たちの決定に影響を与えます。行動する前に,エホバがどう感じるか,どんな助言を与えているかを知りたいと思います。そうするなら,エホバの意見が自分の生活に本当に大きな影響を与えていることを示せます。
回答 3: 神への畏れを示す実際的な方法の1つは,決定する前に神の言葉を調べることです。本当にエホバに喜ばれたいと思っているなら,自分にとって最善と思えることだけを行うのではありません。エホバの導きを求め,それに従うことをいといません。そのためには謙遜さが必要です。自分の理解には限界があることを認めるからです。そうするなら,エホバを,自分にとって何が最善かを知っている良い友として信頼していることを示せます。
回答 4: エホバへの畏れがあれば,知恵を働かせて行動できます。エホバへの愛に動かされて助言を受け入れるなら,自分の判断だけに頼ることを避けられます。ですから,エホバを畏れることは,正しく決定する能力を制限するのではなく,むしろ強めます。この段落は,従順を最高の友への信頼の表れと見るよう勧めています。エホバの言葉に耳を傾けるなら,エホバとの関係が守られ,賢明な決定をすることができます。
14. エホバへの忠誠をどのように示せますか
サムエル第二 22:26 — あなたは,揺るぎない愛を示す人に,揺るぎない愛を示す。誠実な人に誠実である。
回答 1: エホバは忠誠を高く評価し,ご自身が手本を示してくださっています。エホバを第一にし,エホバとの友情を守ることによって,エホバに応えられます。エホバを愛していると言うだけではなく,決定においてエホバの側に立ち続ける必要があります。エホバが私たちにどれほど忠実であるかを思い出すなら,エホバに忠実であり続ける強い理由が得られます。
回答 2: エホバに忠誠を示すには,生活の中でエホバを第一にします。つまり,エホバとの友情が私たちの優先順位に影響を与え,時間や注意の余りを使うだけのものにならないようにするということです。この段落は,その関係を守るよう勧めています。自分の決定は,エホバが本当に最高の友であることを示しているだろうか,ほかの関心事によって友情が弱められないようにしているだろうか,と考えることができます。
回答 3: 別の方法は,イエスが行ったように,エホバとその素晴らしい性質について他の人に話すことです。友を大切に思っているなら,その人の良いところを他の人にも知ってもらえるとうれしく感じます。エホバについても同じです。弟子を作る活動に参加するなら,その愛と忠誠を示せます。単に情報を伝えるのではなく,私たちがとても大切にしている神を他の人が知るよう助けるのです。
回答 4: 忠誠は,反対に遭っても固く立ち続けることによっても示せます。誰からも圧力を受けていない時に友への愛情を表すのは簡単ですが,困難に遭うと決意が試されます。この段落は,エホバとの関係を損なうものを何も許さないよう勧めています。エホバが忠実な友であることを思い出すなら,他の人が私たちの決定を理解しなかったり尊重しなかったりしても,エホバの側に立ち続けることができます。
15. 他の人に忠節な愛をどのように示せますか
ミカ 6:8 — 神はあなたに,何が善いことかを伝えた。エホバがあなたに求めていることは何か。ただ公正を守り,揺るぎない愛を抱き,慎みを持って神と共に歩むことである。
回答 1: エホバは,忠誠を心から大切にする性質にしてほしいと思っています。友のそばにいて,親切に接する方法を探すことによって,忠誠を示せます。楽しい時に愛情を感じるだけでは十分ではありません。忠節な愛があれば,友の幸せを気に掛け続け,寛大に行動するよう動かされます。そうすることでエホバに倣えます。
回答 2: 友が私たちのためにしてくれた親切なことを忘れないなら,忠節な愛を示せます。それを思い出すと,感謝を保ち,友情を大切にできます。他の人の親切に慣れてしまうのは簡単ですが,この段落は,その親切を心に留めるよう勧めています。その感謝があれば,愛をもって応え,自分も友に対して良く,寛大に行動する機会を探すよう動かされます。
回答 3: いつも変わらない友であることによって,忠節な愛を示せます。エホバの友でもある人たちのそばにとどまり,楽な時だけ愛情を示すことがないようにするということです。さらに,その人たちのためになる方法を探します。そうするなら,エホバが示してくださる友情に倣えます。エホバとの関係は,エホバが愛している人たちを私たちがどのように大切にするかにも表れます。
16,17. ア)イエスが私たちの友になりたいと思っていることは,どうして分かりますか。
ヨハネ 15:13 — 友のために自分の命をなげうつこと,これより大きな愛はありません。
回答 1: イエスは,最大の愛とは何かを説明しただけでなく,自分の命を差し出すことによってそれを示しました。その犠牲は,イエスが私たちの友になりたいと思っていることの確かな証拠です。私たちは,この確信を自分の気持ちだけに基づかせる必要はありません。イエスが私たちのために行ったことに目を向け,感謝を示しながら,イエスをもっとよく知り,その手本に倣うよう努めることができます。
回答 2: イエスが私たちの友になりたいと思っていることは,私たちが生まれる前に私たちのために命を差し出したことから分かります。これは,イエスの愛が,私たちがすでに何かを行ったことへの反応ではなかったことを示しています。イエスの方から進んで行動し,並外れた犠牲を払ったのです。そのことを考えると,イエスとの友情が個人的で,とても大きな犠牲に基づくものだということを実感し,愛をもって応え,心からイエスに近づきたいと思うようになります。
回答 3: イエスは,重荷を負っている人たちに,自分から学んで爽やかさを得るよう招くことによっても,関心を示しています。それは優しい招きであり,温和で謙遜なイエスの性格が表れています。ですから私たちは,イエスを遠い存在や近づきにくい存在だと考えるのではなく,引き寄せられるように感じます。イエスが人々に接する仕方を知ると,イエスの導きを受け入れる人たちと親しい関係を築きたいと思っていることが分かります。
回答 4: イエスが弟子たちに信頼を寄せて接したことも,その証拠です。イエスは父から学んだ事柄を弟子たちに伝え,彼らを友と見なしました。弟子たちと冷たい関係を保ったのではありません。弟子たちがエホバを知るよう助けたいという関心から,イエスの愛情が分かります。私たちは,イエスの教えに注意を払い,父に近づけるためにしてくれた全てのことを大切にすることによって,その招きに応えることができます。
16,17. イ)イエスとの関係とエホバとの関係には,どんな違いがありますか。
マタイ 4:10 — その時,イエスは言った。「離れ去れ,サタン!『あなたが崇拝すべきなのはエホバ神であり,この方だけに神聖な奉仕をしなければならない』と書いてあるのです」。
回答 1: イエスは,崇拝を受けるべきなのはエホバであることを明確にしました。ですから,私たちはイエスを深く愛し,友になりたいと思っていますが,イエスを崇拝することはありません。この違いを保つことは,イエスへの感謝を弱めるものではありません。それどころか,イエスの教えと,私たちの生活の中で父が占める位置を尊重していることを示します。
回答 2: 具体的な違いの1つは祈りに関係しています。イエスは弟子たちに父に祈るよう教えました。ですから,私たちの祈りはイエスではなくエホバに向けられます。それでも,神の子との深い友情を育むことはできます。この段落は,イエスに対して感じる愛情や感謝と,私たちの神であるエホバとの関係を区別するのに役立ちます。
回答 3: イエスの友になることは,エホバとの関係と全く同じ仕方でイエスと関わるという意味ではありません。イエスに祈ったりイエスを崇拝したりはしませんが,私たちのために行ってくださる全てのことに深く感謝しています。その感謝に動かされて,イエスをもっとよく知り,イエスの近くにいたいと思います。こうして,2つの友情を混同せずに育て,イエス自身が父について教えたことを尊重できます。
回答 4: 大切なのは,エホバにふさわしい崇拝をささげると同時に,イエスとの友情を大いに大切にすることです。子を崇拝しないことは,子への愛情が少ないという意味ではありません。イエスの犠牲と,友になるようにという招きに心を動かされます。ですから,イエスと親しい関係を持ちたいと思いますが,常にイエス自身の教えに沿った仕方でそうします。
18. イエスは私たちのために何をしてくださいますか。
ヘブライ 4:15 — 私たちの大祭司は,私たちの弱さに同情できないような方ではありません。あらゆる点で私たちと同じように試され,しかも罪がない方です。
回答 1: イエスは罪を犯したことはありませんが,試練を経験したので,私たちの弱さを理解できます。ですから,苦しみに無関心な友ではないと確信できます。弱く感じる時,イエスの思いやりを思い出すと,支えてくださることを大切に思えます。イエスは,難しい状況の中で忠実を保つとはどういうことかを知っています。
回答 2: イエスは,命を救う実際的なアドバイスを与えてくれます。それで,「素晴らしい助言者」と呼ばれるにふさわしい方です。イエスの友情は,私たちに愛情を示すことだけではなく,どう行動すべきかを教えることも含みます。イエスの教えを学び,決定に当てはめることによって,その助けを活用できます。導きを大切にすればするほど,友としていてくださることが今の生活とエホバとの関係に益をもたらすと,はっきり分かります。
回答 3: 永遠の父として,イエスは地上の人々に永遠の命を与える権威をエホバから受けています。このことから,イエスが私たちのためにできることの大きさが分かります。イエスは今助けてくださるだけでなく,永遠に生きるという希望においても重要な役割を果たします。エホバがイエスに与えたこの責任について思い巡らすと,感謝が深まり,イエスとの友情を強めたいという気持ちになります。
回答 4: イエスは,私たちがエホバと平和な関係を持てるようにも助けます。そのため,「平和の統治者」と呼ばれています。これはイエスとの友情がもたらす非常に貴重な益です。天の父に近づけてくれるからです。イエスが行っている全てのことを考えると,助けは目の前の必要だけに限られないことが分かります。イエスは導き,理解し,愛する神との平和を楽しめるようにしてくれます。
19. イエスの友になるために,何をしなければなりませんか。(ヨハネ 15:14。写真も参照。)
ヨハネ 15:14 — 私が命じていることを行うなら,あなたたちは私の友です。
回答 1: イエスは,友情と従順を結び付けています。ですから,イエスを称賛したり犠牲に感謝したりするだけでは十分ではありません。イエスの指示に従い,権威を尊重しなければなりません。私たちの決定がイエスの教えを反映しているなら,本当の友になりたいと思っていることを示せます。この段落は,イエスが友情を保とうとする私たちの努力を見て,大切にしてくださることも思い出させます。
回答 2: 福音書を注意深く学び,イエスが行ったことや語ったことを知る必要があります。そうすれば,イエスの性格について一般的な考えを持つだけで終わりません。イエスがどのように考え,人々にどう接し,どんなアドバイスを与えたかを学べます。そして決定を下す時,イエスの手本に倣うよう努めます。こうして研究は単なる情報ではなく,友をもっとよく知り,友のようになるための実際的な方法になります。
回答 3: 会衆を進んで支援することによっても,イエスとの友情を示します。それには,私たちを世話するためにイエスが任命した人たちに協力し,その人たちを通して与えられる責任を果たすことが含まれます。態度は大切です。イエスを尊重し,世話をしてくださることを大切に思っているので,協力したいと思うのです。このようにして,イエスへの愛は,会衆の幸福と良い運営に貢献する仕方に表れます。
回答 4: 写真には,会衆を支援する幾つかの方法が示されています。車椅子の兄弟を助けること,集会場を掃除すること,出版物を整理すること,掲示板を更新することです。全員が同じ仕事をしているわけではありませんが,皆が協力しています。これは,さまざまな方法でイエスとの友情を示せることを思い出させます。大切なのは,進んで支援し,自分にできることを行うことです。イエスは私たちの努力を大切にしてくださるからです。
20. エホバとイエスの友であるという特権について考えると,どんな気持ちになりますか。
マタイ 5:3 — 「神の導きが必要であることを自覚している人たちは幸福です。天の王国はその人たちのものだからです。
回答 1: エホバとイエスが私たちの霊的な必要を満たしてくださることに,とても感謝しています。助けが必要だと認めるなら,2人から受けている全てのものをもっと大切にできます。2人との友情があるので,幸せを感じ,さらに近づきたいと思えます。この特権を当たり前のものとせず,生き方によって,どれほど大切に思っているかを示したいです。
回答 2: 全能の神が私の祈りを聞き,助けたいと思ってくださることを考えると,心を動かされます。エホバを敬う理由はたくさんありますが,私と個人的な友情を持ちたいと思ってくださることを知ると,特に慰められます。また,イエスと,私たちを父に近づけるためにしてくださったことにも深く感謝しています。2人のことを考えると,その関係を大切にし,ほかの事柄にふさわしい位置を奪わせないようにしたいと思います。
回答 3: これは非常に大きな誉れであると同時に,努力を続ける理由でもあると感じます。エホバは私たちを愛し,祈りを聞いて答えてくださいます。そしてエホバもイエスも,私たちの霊的な必要を満たしてくださいます。感謝を言葉だけで終わらせたくありません。2人を知り,従い続けたいと思います。2人との友情をとても大切にしているので,それが永遠に続いてほしいと思うからです。その希望に励まされて,毎日その友情を大切にします。
エホバが私たちを友にしたいと思っていることは,どうして分かりますか?
出エジプト記 34:6 — エホバはモーセの前を通り過ぎつつ,こう宣言した。「エホバ,エホバ,憐れみ深く,思いやりがある神,すぐに怒らず,揺るぎない愛に満ち,常に信頼できる。
回答 1: エホバはご自分の憐れみ,思いやり,豊かな揺るぎない愛を知らせてくださいます。こうした特質は,エホバが友に接する仕方に表れています。友を助け,許してくださるのです。私たちの存在をただ我慢しておられるだけの,遠い存在ではありません。エホバの接し方から,ご自分を求める人たちと親しい関係を築きたいと思っておられることが分かります。
回答 2: エホバが愛している独り子の命を与え,私たちがエホバに近づいて永遠に生きる機会を開いてくださったことは,その最大の証拠です。エホバは私たちを愛していると言うだけでなく,並外れた犠牲を進んで払ってくださいました。ですから,自分には価値がないのではないかと疑う時には,エホバが私たちのためにしてくださったことを思い出すとよいでしょう。エホバの寛大さから,私たちとの友情を非常に大切にし,私たちが愛に応えてほしいと願っておられることが分かります。
回答 3: エホバが友をどのように覚え,大切にしているかを考えても,そのことが分かります。アブラハムも,ダビデにした約束も,エホバは忘れませんでした。苦しんでいたハンナの声にも耳を傾け,心を打ち明けることができるようにしました。こうした例から,エホバの関心が,私たちが目立った人と考える人たちだけに向けられているのではないことが分かります。エホバは,自分は小さく価値がないと感じている人を含め,友である全ての人に揺るぎない愛を示します。
回答 4: エホバは,私たちの話を進んで聞き,最も良い導きを与えてくださることによって,私たちの友情を望んでいることを示しています。惜しみなく知恵を与え,助言によっていつも私たちのためになるようにしてくださいます。また,私たちが不完全であるにもかかわらず,敬意と尊厳を持って接してくださいます。こうした愛情の表れから,エホバがどのような友であるかを知ることができます。それについてじっくり考えれば考えるほど,エホバを信頼し,いっそう近づく理由が増えていきます。
エホバとの友情をどのように育てられますか?
ヘブライ 11:6 — 信仰がなければ,神に喜ばれることはありません。神に近づく人は,神が存在し,熱心に仕えようと努める人たちに報いてくださる,ということを信じなければなりません。
回答 1: 出発点は信仰です。エホバが存在し,熱心にエホバを求める人たちを高く評価してくださると信じるのです。その確信が,自分の側から努力するよう私たちを動かします。友情はひとりでに強くなるものではありません。エホバに近づきたい,エホバからの是認を大切にしているということを,決定によって示す必要があります。
回答 2: エホバを畏れることによって友情を育てます。つまり,エホバをとても愛しているので,エホバを悲しませたくないと思うのです。その敬意は,自分の判断だけに頼るのではなく,エホバの言葉を調べ,導きを受け入れることによって示されます。エホバとの友情を大切にすればするほど,エホバの意見が重要になります。ですから,どんな決定をする時も,エホバを信頼し,エホバに喜ばれることをしたいと思っていることを示す機会になります。
回答 3: エホバに忠実であることによっても友情を育てます。エホバを第一にし,エホバの特質について他の人に話し,反対に遭っても揺るがずにいるのです。こうした行動から,私たちの愛情が,何もかもが順調な時だけのものではないことが分かります。エホバが示してくださる忠実さを思い出すと,私たちもエホバに忠実でありたいという気持ちになります。エホバとの貴重な友情を守り,どんな圧力や関心事によってもそれが弱められないようにしたいと思います。
回答 4: もう一つ欠かせないのは,他の人に揺るぎない愛を示すことです。エホバは,ご自分が友に接する仕方に倣うことを望んでいます。それで,友がしてくれた良いことを覚えておき,そばにいて,惜しみなく与える機会を探します。エホバとの友情と,エホバが愛している人たちへの接し方を切り離すことはできません。友をいつも大切にすることによって,エホバの特質を高く評価し,反映したいと思っていることを示せます。
イエスとの友情をどのように育てられますか?
ヨハネ 15:14 — 私が命じていることを行うなら,あなたたちは私の友です。
回答 1: イエスの指示に従うことによって,イエスとの友情を育てます。イエスがしてくださったことへの感謝が,生き方に表れるべきです。ですから,何かを決める時には,イエスの教えと手本に導かれるようにします。そうするなら,イエスを尊敬しているだけでなく,イエスの権威を認め,親しい関係を保ちたいと思っていることを示せます。
回答 2: 福音書を注意深く研究し,イエスについていっそうよく知る必要があります。福音書から,イエスが何を言い,何を行い,人々にどう接したかを学べます。そうした知識によってイエスへの愛が深まり,イエスに倣えるようになります。イエスの教えを読むだけでなく,実行する時に友情は強まります。それで,イエスについて今学んだことが,自分の決定にどのような影響を与えるかを考えるとよいでしょう。
回答 3: 友情を強める実際的な方法の一つは,会衆を進んで支えることです。イエスが私たちを世話するために任命した人たちに協力し,与えられた責任を果たします。また,自分にできるどんな方法でも助けます。こうした努力によって,イエスへの敬意と,イエスの弟子たちへの愛を表せます。仕事が目立たないように思える場合でも,イエスが弟子たちを見て評価してくださることを知ると励みになります。
回答 4: 感謝も,イエスとの友情を育てる助けになります。イエスの犠牲,助言,私たちに対する思いやりについてじっくり考えます。そうすると,イエスに従い,従順でありたいという願いが強くなります。同時に,イエスとエホバの違いを認めます。イエスに祈ったり,崇拝したりはしません。このようにして,イエスご自身の教えに従い,イエスとの深い友情を育てることができます。
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