エゼキエル 29:3,4—エホバがファラオを「海の巨獣」に例えたのはなぜ適切でしたか。(「かぎ,釣り針,フック」研究資料5節)
回答 1: この比較は、エジプト人がよく知っていたナイルワニを連想させたので適切でした。ファラオは、その川の水路の間に横たわる巨大な怪物として描かれています。エホバは、エジプトの環境にふさわしいイメージを使って、その支配者を描写しました。また、その動物を水から引き上げる方法も、エジプト人がワニを捕まえるために用いていた方法と一致していました。
回答 2: この比較を特に適切なものにしたのは、かぎが使われていたことです。歴史家ヘロドトスによると、エジプト人は大きな釣り針を使ってワニを捕らえ、川から引き上げていました。それで、エホバがファラオの顎にかぎを掛け、ナイルから引き上げると告げた時、聞く人はその情景をよく理解できました。強力に見えた支配者も、ワニが捕まえられるのと同じように、エホバが行動するのを阻むことはできませんでした。
回答 3: このイメージは、ファラオのごう慢な態度にもよく合っていました。エゼキエル 29章3節では、ファラオはナイルの所有者であり、さらにはその創造者であるかのように語っています。彼は、自分の支配に確信を持ち、その水の中に居座る巨大な怪物のようでした。しかしエホバは、かぎを使ってそこから引き出すと告げました。この対比は非常に印象的です。ファラオは川を支配していると豪語しましたが、エホバが介入すれば、そこにとどまることさえできませんでした。
回答 4: この比較は、動物の大きさや力だけでなく、川から引き出される時の無力さも際立たせていました。エホバは、その怪物をナイルから引き出し、野原に置き去りにすると告げました。こうして、ファラオに待ち受けていた敗北と屈辱を描写しました。捕らえられたワニのイメージは非常に適切でした。領土内では強力に見えた支配者も、エホバの手の届かない存在ではないことを示していたからです。
回答 5: この比較が適切だったのは、その背景にも理由があります。イスラエルは、バビロンに対抗するため、エジプトに軽率にも軍事的な支援を求めていました。ファラオは、ナイルの巨大な動物のように、手ごわい保護者に見えたかもしれません。しかしエホバは、捕らえられて水から引き上げられる怪物として描写しました。このイメージは、エジプトがイスラエルの期待する安全を与えられないことを明らかにしました。実際、エジプトは支えに使われた葦のように、頼りにならないものでした。
今週の聖書朗読からどんな宝石を見つけましたか
エゼキエル 29章の宝石
エゼキエル 29:2 — 「人の子よ,エジプトの王ファラオに顔を向け,彼とエジプト全体に対して預言しなさい。
コメント 1: エゼキエル 29章2節から分かるように、エホバは預言者に、強力な支配者に対するメッセージを伝えさせました。聞き手の地位が高いからといって、伝えるべき内容が変わることはありません。これは、宣教で相手の立場におじけづかないよう励ましてくれます。敬意を示しながら、聖書のメッセージに忠実に話せます。
エゼキエル 29:3 — こう言わなければならない。『主権者である主エホバはこう言っている。「エジプトの王ファラオよ,私はあなたに敵対している。自分のナイルの流れに横たわる,海の巨獣よ。あなたは言った。『ナイル川は私のもの。私が自分のために造ったのだ』。
コメント 2: エゼキエル 29章3節で、ファラオは自分が造ったのではないナイル川の功績を自分のものにしていました。この態度から、自分の能力や達成したことについてどのように話すかを考えさせられます。何かを得るために一生懸命努力したとしても、自分が受けてきたもの全てを忘れるのは適切ではありません。エホバから与えられたものを感謝して認めるなら、謙遜さを保ち、全てが自分だけの力によるかのように話さずに済みます。
エゼキエル 29:4 — 私はあなたの顎にかぎを引っ掛け,ナイルの魚をあなたのうろこに付かせる。あなたと,あなたのうろこに付くナイルの魚全てを,ナイルから引き上げる。
コメント 3: エゼキエル 29章4節は、エホバがかぎを使ってファラオを川から引き出せる動物として描いています。他の人には不可能に思えることも、エホバの力の及ぶ範囲内にありました。このイメージは、人間からの脅しを正しく見る助けになります。困難を決して経験しないという意味ではありませんが、どれほど影響力のある人もエホバより上に立つことはできません。そのことを思い出すなら、圧力を感じる時にも平静を保てます。
エゼキエル 29:6 — エジプトの住民は皆,私がエホバであることを知らなければならなくなる。彼らはイスラエル国民にとって,1本のわらほどの支えにもならなかった。
コメント 4: エゼキエル 29章6節は、エホバを認めることと、エジプトが安全な支えではなかったことが明らかになることを結び付けています。その国が強そうに見えただけでは十分ではありません。実際の行動が、そうではないことを示していました。これは、エホバを知ることには、エホバの権威を認め、その言葉を真剣に受け止めることが含まれると教えています。個人研究では、出来事だけでなく、それがエホバについて、またエホバがどれほど信頼に値するかについて何を明らかにしているかにも注目したいと思います。
エゼキエル 29:7 — イスラエルの民があなたの手をつかんだ時,あなたは押しつぶされ,彼らの肩にけがをさせた。彼らがあなたに寄り掛かった時,あなたは折れ,彼らの足をよろけさせた」。
コメント 5: エゼキエル 29章7節のイメージはとても生き生きしています。支えが折れただけでなく、それに寄り掛かった人たちを傷つけました。間違ったものに信頼を置くと、単に失望する以上の害を受けることがあります。重要な助言に従う前に、それが聖書の原則に合っているかを考えるのはよいことです。誰かが非常に自信を持って話しているからといって、その助言が良いもの、また霊的に役立つものだとは限りません。
エゼキエル 29:12 — 私はエジプトを最も荒れた土地とし,エジプトの町々を40年の間最も荒廃した町々とする。エジプト人を国々に散らし,さまざまな土地に追いやる」。
コメント 6: エゼキエル 29章12節で、エホバは曖昧な警告を与えませんでした。荒廃、散らされること、そして40年という具体的な期間を予告しました。これは、エジプトの状況がエホバの知識や権威から逃れられなかったことを示しています。預言を読む時、細かな点にも注意したいと思います。自分の考えを加えたり、聖句が説明していない意味を探したりするのではなく、エホバが実際に何を予告したのかを注意深く見分けたいと思います。
エゼキエル 29:13 — 主権者である主エホバはこう言う。「私は40年の後,さまざまな民の中に散らされていたエジプト人を集めて戻す。
コメント 7: エゼキエル 29章13節から、エホバがエジプト人の散らされることにも限度を定めていたと分かります。40年後、彼らを再び集めることになっていました。この預言には処罰だけでなく、その後に何が起きるかも含まれていました。これは、記述の一部分だけを基にエホバについて判断しないよう助けになります。エホバの行動の仕方を正しく知るには、エホバが述べている全てのこと、定めている限度も考える必要があります。
エゼキエル 29:15 — エジプトは他の王国に劣るようになり,もはや他の国を支配することはなくなる。私は彼らを非常に少なくして,他の国を従わせることができないようにする。
コメント 8: エゼキエル 29章15節は、エジプトが他の国々を支配しなくなることを示していました。かつての権力が、その地位を保てる保証にはなりませんでした。この点は、名声や影響力に過度に感心しないよう助けになります。会衆の中でも同じです。人の価値は、社会的な地位や、他の人に自分の意見を押し付ける能力で決まりません。ですから、重要そうに見える人をえこひいきせず、全ての人に思いやりを示したいと思います。
エゼキエル 29:16 — エジプトは,二度とイスラエル国民に信頼されることはない。エジプト人に助けを求めた過ちを,イスラエル国民に思い起こさせるだけの存在になる。そしてイスラエル国民は,私が主権者である主エホバであることを知らなければならなくなる」』」。
コメント 9: エゼキエル 29章16節によると、エジプトは、そこに助けを求めたことがイスラエル人の間違いだったと思い起こさせる存在になります。その記憶は、同じ決定を繰り返さないために役立ったでしょう。私たちも、間違いを思い出して恥ずかしくなることがあります。しかし、その記憶を建設的に用い、何が間違いを招いたのか、どの聖書の原則を当てはめるべきかを考えられます。そうすれば、悪い経験も、これからもっと賢明な決定をする助けになります。
エゼキエル 30章の宝石
エゼキエル 30:2 — 「人の子よ,預言しなさい。『主権者である主エホバはこう言っている。「『ああ,その日が来る!』と泣き叫びなさい。
コメント 1: エゼキエル 30章2節では、裁きの知らせに悲しみの表現が伴っています。これは、他の人の苦しみを喜ぶような態度で深刻なメッセージを伝えてはならないことを思い出させます。聖書の警告について話す時、敬意と感受性を示したいと思います。私たちの口調から、聞いている人を気遣っていることが伝わるべきです。
エゼキエル 30:3 — その日が近いからである。エホバの日が近いのである。それは暗雲の日,国々の定めの時となる。
コメント 2: エゼキエル 30章3節は、それらの国々に対する裁きの時が定められていたことを示しています。エホバは、人間の予定や期待に左右されて行動するのではありません。このことは、辛抱する力を培う助けになります。不公正な状況がすぐに解決してほしいと思うことがありますが、エホバがいつ行動するかを私の焦りが決めるわけではありません。自分の責任を果たすことに集中し、まだ解決策が見えないからといって早まった結論を出さないようにできます。
エゼキエル 30:4 — 剣がエジプトを襲い,エジプトで人々が殺されて倒れる時,エチオピアは慌てふためく。エジプトの富は奪われ,国の基盤は崩される。
コメント 3: エゼキエル 30章4節は、エジプトの富がその没落を防げず、むしろ奪われることを示しています。物質的なものは役立ちますが、絶対的な安全を与えるものではありません。持っている物を上手に管理するのは道理にかなっていますが、それを生活の中心にしてはなりません。自分にこう尋ねられます。「将来について考える時、エホバとの友情にも、経済状況と同じほど注意を向けているだろうか」。
エゼキエル 30:6 — エホバはこう言う。『エジプトの支持者たちも倒れ,エジプトの高慢な力はすっかり衰える』。主権者である主エホバはこう宣言する。『ミグドルからシエネまで,人々はその土地で剣によって倒れる。
コメント 4: エゼキエル 30章6節は、エジプトを支持した人たちも、その没落の影響を受けることを示しています。ごう慢な強国の側に付いても、安全にはなりませんでした。この裁きを私たちの個人的な関係に直接当てはめることはできませんが、有用な警告を学べます。誰かへの忠誠心から、間違った行動を支持するのは賢明ではありません。大切な人を本当に助けるには、その人が親しいからという理由で決定を正当化するのではなく、正しいことを擁護する必要があります。
エゼキエル 30:9 — その日,私は船で使者を送り,うぬぼれているエチオピアを震え上がらせる。彼らは,エジプトにその日が来る時,慌てふためくことになる。その日は必ず来るからである』。
コメント 5: エゼキエル 30章9節では、エチオピアが自信を持っていたものの、その安心感が恐怖に変わることが描かれています。安全だと感じているからといって、本当に安全とは限りません。個人的には、自分が弱さや悪い影響とは無縁だと考えないよう励まされます。自分の限界を認め、聖書の助言に耳を傾け、自分の力を過信するのではなく用心する方が賢明です。
エゼキエル 30:10 — 主権者である主エホバはこう言う。『私は,バビロンのネブカドネザル王の手により,エジプトの群衆を根絶やしにする。
コメント 6: エゼキエル 30章10節で、エホバはエジプトに対して用いる王、ネブカドネザルの名を挙げました。単に、漠然とした災難について述べたのではありません。この点から、宣教で聖書を正確に説明することの大切さを学べます。聖書が人物を特定している場合や、具体的な行動を描写している場合は、それを強調するとよいでしょう。そうすれば、全体的な印象だけを伝えるのではなく、聞く人が聖句の実際の内容を理解する助けになります。
エゼキエル 30:12 — 私はナイルの運河を干上がらせ,その土地を悪人たちに売り渡す。土地とその中の全てのものを,外国人の手によって荒廃させる。私エホバが語ったのである』。
コメント 7: エゼキエル 30章12節は、その土地が悪人たちの手に渡されると述べています。この点は重要です。エホバがその人たちを裁きを執行するために用いたからといって、彼らの悪を認めていたわけではありません。記述そのものが、この2つを区別しています。聖書の出来事をバランスよく読み、エホバがある国を特定の仕事に用いたからといって、その国の行動全てをエホバが認めていたと考えないよう助けられます。
エゼキエル 30:13 — 主権者である主エホバはこう言う。『私は汚らわしい偶像も滅ぼし,ノフの無価値な神々を根絶やしにする。エジプトから長が出ることはもうなく,私はエジプトに恐れを抱かせる。
コメント 8: エゼキエル 30章13節は、エジプトの偶像が住民を守れないことを示しています。エホバは、偶像を役に立たず、裁きを阻止できない神々として描いています。宗教的な力があるとされる物と、実際に行動できる生きた神との違いが際立っています。宣教では、人々が何に信頼を置いているかを敬意を込めて考えるよう助け、崇拝の対象ではなくエホバに注意を向けてもらえます。
エゼキエル 30:16 — 私はエジプトに火を放つ。シンは恐怖におびえ,ノは打ち破られ,ノフは白昼に攻撃される。
コメント 9: エゼキエル 30章16節は、恐怖、守りの備えが開かれること、そして昼間に攻撃される都市を描いています。これらの表現の背後にあったのは、地図の変化だけではなく、人々の苦しみでした。裁きについての記述を読む時、結末をすでに知っているために無感覚にならないようにしたいと思います。人々が経験したことを思い巡らすなら、こうした聖句について真剣に話し、現在、暴力の影響を受けている人たちにもっと思いやりを示せます。
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