読み込み中…

8%

2026年11月30日から12月6日までの週の「宝石を探し出す」

2026年11月30日から12月6日までの週の「宝石を探し出す」

エゼキエル 1:6,10。エゼキエルが幻で見たケルブの4つの顔は,合わせて何を表していますか。(洞-1 43ページ5節,45ページ13節,48ページ14節)

回答 1: 4つの顔は,合わせて考えると,4つだけではなく,エホバの全ての性質を表しています。聖書では,4という数字が完全さや全体を表すことがよくあります。この幻の中で,エゼキエルはその数字を11回述べています。4人のケルブが忠実な霊の被造物全てを表すように,4つの顔はエホバの素晴らしい人格を形作る全ての性質を表しています。

回答 2: 4つの顔はエホバの全ての性質を合わせて表すだけでなく,エホバの並外れた力と栄光も際立たせています。それらは威厳,強さ,力を反映する生き物に対応しています。ライオンは威厳のある野生動物,雄牛は堂々とした家畜,ワシは力強い鳥,人間は神の地上の創造物の傑作です。エホバは,エゼキエルがご自分の偉大さをよく理解できるよう,よく知られたこれらのイメージを用いました。

回答 3: ケルブの位置も重要です。彼らはエホバの王座の下にいました。4つの顔は力強い地上の生き物を表していましたが,そのどれも至上の主権者より上にあるわけではありません。この幻は,エホバがご自分の創造物を用いて目的を果たせることも示していました。生き物の威厳はエホバの威厳と競うものではなく,むしろエホバの力と栄光の優越性を際立たせていました。

回答 4: 4つの車輪との比較からも,顔の意味を4つの性質に限定してはならないことが分かります。各車輪は驚くべきものでしたが,4つが合わさって兵車の土台となっていました。同じように,4つの顔も合わせて考えると,4つの特別な性質以上のものを表していました。それらは,エホバの素晴らしい人格の土台となる全ての性質を表していました。大切なのは,顔を別々にではなく,全体として見ることです。

回答 5: 出版物では,ライオンの顔を公正,ワシの顔を目に見える事柄の先まで見通す知恵,雄牛の顔を並外れた力と関連付けています。こうした関連付けは,エホバの人格の一面を理解する助けになります。しかし質問は,顔を合わせて見た場合についてです。その場合,意味はもっと広く,幾つかの性質に限られず,エホバの全ての性質を表します。

今週の聖書朗読からどんな宝石を見つけましたか

エゼキエル 1からの宝石

エゼキエル 1:1 — 第30年,第4の月の5日,私は捕囚の民の1人としてケバル川のほとりにいた。すると天が開かれ,私は神の幻を見始めた。

コメント 1: エゼキエル 1:1から,預言者が流刑にされていた時に神から幻を受けたことが分かります。困難な状況にあっても,エホバはエゼキエルに語り掛けました。このことから,エホバとの友情を強めるために,問題のない生活を送る必要はないと分かります。つらい状況でも,エホバの言葉に注意を向け続けることができます。

エゼキエル 1:3 — カルデア人の土地,ケバル川のほとりで,エホバが祭司ブジの子エゼキエルに語り掛けた。その土地でエホバの力が彼に働いた。

コメント 2: エゼキエル 1:3で,預言者はエホバの言葉を聞いただけでなく,エホバの手が彼の上にあると述べられている通り,支えも受けました。任務を自分の能力だけに頼って果たす必要はありませんでした。難しいと感じる責任を与えられた時,この点を思い出すと,自分の限界だけに目を向けずに済みます。エホバの助けを求め,エホバを信頼して準備できます。

エゼキエル 1:4 — 私が見ていると,非常に激しい風が北から吹いてきた。明るい光に包まれた巨大な雲の中で火がきらめいており,火の中には琥珀金のようなものがあった。

コメント 3: エゼキエル 1:4には,嵐,大きな雲,火,強い光が出てくる印象的な場面が描かれています。こうした描写は,エホバの偉大さに注意を向けさせます。これを思い巡らすと,崇拝を感情のない習慣にしてはならないと思います。祈ったり集会に参加したりする前に,近づくことができる神がどれほど素晴らしい方かを考えられます。

エゼキエル 1:5 — 火の中には4つの生き物のようなものがいて,どれも人間のような姿をしていた。

コメント 4: エゼキエル 1:5には,4つの生き物が登場します。この幻の説明によると,それらのケルブは忠実な霊の被造物全てを表しています。エホバへの崇拝は,私たちの会衆で見えるものだけに限られません。天にも,忠実に仕える家族がいます。周りで霊的な事柄を大切にする人が少ないように思える時,このことを思い出すと,もっと広い見方ができます。

エゼキエル 1:12 — 4つの生き物はそれぞれ真っすぐに前進し,聖なる力に導かれるままどこにでも行くのであった。進む時に向きは変えなかった。

コメント 5: エゼキエル 1:12で,生き物は聖なる力に導かれるまま進みました。この方向に従う姿勢から,自分の好みに固執するのではなく,エホバに導かれることの大切さを考えさせられます。聖書の助言が変化を求めている時,本当にそれを当てはめる気持ちがあるか自問できます。従順さは,助言が良いと認めるだけでなく,決定を調整することによって示されます。

エゼキエル 1:14 — 生き物は行ったり戻ったりする時,ひらめく稲妻のように動いた。

コメント 6: エゼキエル 1:14は,生き物の動きを稲妻に例えています。その素早さから,エホバが何を望んでいるか分かった時にすぐ行動する自分の用意について考えます。例えば,謝ったり,できる助けを差し伸べたりする必要がある時,後回しにしていないでしょうか。幻の細部に意味を当てはめるのではなく,正しいことを先延ばしにしないよう励みを得られます。

エゼキエル 1:17 — 車輪は進む時,向きを変えずに4つのどの方向にも行くことができた。

コメント 7: エゼキエル 1:17は,車輪が向きを変えずに4方向のどこへでも進めたと述べています。この驚くべき動きは,エホバの偉大さを際立たせる幻の一部です。人間の限界によってエホバの能力を測ってはならないことを思い出させます。問題の解決方法が見えなくても,エホバに方法がないという意味ではありません。自分の見方だけが可能なものだと決めつけず,行うべきことを続けられます。

エゼキエル 1:19 — 生き物が進む時には,車輪も一緒に進み,生き物が地上から浮き上がる時には,車輪も浮き上がるのであった。

コメント 8: エゼキエル 1:19では,生き物が地上から浮き上がる時も,車輪が一緒に動きました。この場面は非常に優れた調和を示しています。個人的には,兄弟たちとどのように協力しているかを考えさせられます。会衆の仕事では,各自が独力で多くを行うだけでは十分ではありません。耳を傾け,意思を通わせ,決めたことを尊重するなら,本当に一緒に働けますし,他の人の仕事を不必要に難しくせずに済みます。

エゼキエル 1:22 — 生き物の頭上には,巨大な台座のようなものがあった。それは壮大な氷の塊のようにきらめき,生き物の頭上に広がっていた。

コメント 9: エゼキエル 1:22は,台座の輝きを氷に例えています。エホバは,エゼキエルが理解できるイメージを用いて,並外れた現実を示しました。今週の情報も,教える時に視覚教材が役立つことを強調しています。子供や聖書を学んでいる人に聖書の真理を説明する時,簡単な例えを使いたいと思います。目的は難しい言葉で感心させることではなく,教えを理解し記憶してもらうことです。

エゼキエル 1:25 — 生き物の頭上にある台座の上から声がした。(生き物は止まる時,翼を垂れるのであった。)

コメント 10: エゼキエル 1:25では,台座の上から声が聞こえ,生き物が止まる時に翼を垂れたことも述べられています。この場面を読むと,立ち止まって聞く必要について考えます。個人研究で,決めた量を読み終えることばかり気にして何も黙想していないことがあるかもしれません。立ち止まり,エホバについて何を学んでいるか自問すると,その時間をもっと有意義にできます。

エゼキエル 1:26 — 生き物の頭上にある台座の上には,サファイアの石のようなものがあり,それは王座のようだった。上にあるその王座には,人間のような姿をした方が座っていた。

コメント 11: エゼキエル 1:26では,王座が台座と生き物の上にあることが示されています。この幻の説明は,エホバが至上の主権者であり,目的を果たすために創造物を用いられることを強調しています。これは,自分の能力や責任を正しく見る助けになります。それによってエホバから独立することはありません。持っているものをエホバに仕えるために用い,至上の権威は常にエホバのものだと認めるのがふさわしいことです。

エゼキエル 1:28 — 雨の日に雲に懸かる虹のようだった。周りの輝かしい光はそのように見え,エホバの栄光のようだった。それを見た時,私はひれ伏した。すると,誰かが話す声が聞こえてきた。

コメント 12: エゼキエル 1:28で,預言者はエホバの栄光の表現を見て,顔を地に伏せました。特別な幻を見ても,自分を重要視するのではなく,深い敬意を示しました。この反応から,エホバをよく知るほど謙遜になるべきだと学べます。割り当てを受けたり聖書から多くを学んだりした時,それによって感謝とよく聞く態度が強まり,他の人より優れていると感じないようにしたいと思います。

エゼキエル 2からの宝石

エゼキエル 2:1 — その方は私に言った。「人の子よ,立ち上がりなさい。あなたに話すことがある」。

コメント 1: エゼキエル 2:1によると,エホバは預言者に語り掛け,立ち上がるよう命じました。エホバは人間よりはるかに優れた方ですが,人間に語り掛けました。このことから,聖書朗読をいっそう大切にできます。それは単なる課題ではなく,エホバが教えてくださることに注意を向ける機会です。

エゼキエル 2:2 — その方が私に語り掛けると,聖なる力が私に入り,私を立ち上がらせた。それで,私は語り掛けている方の言葉に耳を傾けた。

コメント 2: エゼキエル 2:2では,聖なる力が預言者を立ち上がらせ,聞けるようにしました。エホバは何をすべきか指示しただけでなく,必要な助けも与えました。責任に圧倒される時,この点は励みになります。すぐにできないと結論せず,エホバに聖なる力を求め,自分にできることを行えます。助けに頼るとは動かないことではなく,エホバを信頼して行動することです。

エゼキエル 2:3 — その方はこう言った。「人の子よ,私はあなたをイスラエルの民のもとに,私に逆らう反逆的な国民のもとに遣わす。彼らとその父祖たちは,今日までずっと私に背いてきた。

コメント 3: エゼキエル 2:3から,エホバはイスラエル人の反逆をよく知っていながら,預言者を遣わしたことが分かります。彼らの過ちを軽く見たのではありませんが,メッセージを伝えるのをやめませんでした。宣教で,誰が注意を受けるに値するかを先に決めないよう助けられます。関心をほとんど示さない人にも敬意を払い,ふさわしい機会に聖書の教えを伝えられます。

エゼキエル 2:3 — その方はこう言った。「人の子よ,私はあなたをイスラエルの民のもとに,私に逆らう反逆的な国民のもとに遣わす。彼らとその父祖たちは,今日までずっと私に背いてきた。

コメント 4: エゼキエル 2:3の別の点として,イスラエル人も父祖たちもエホバの律法に従わなかったことが挙げられます。何世代も続く習慣だからといって,正しいものになるわけではありません。家族の習慣を聖書に照らして調べるよう促されます。育てられた環境の多くを大切にしつつ,エホバの教えに調和しない態度や習慣は変えたいと思います。

エゼキエル 2:4 — その反抗的で心が固い民のもとに,私はあなたを遣わす。あなたは彼らに,『主権者である主エホバはこう言っている』と言わなければならない。

コメント 5: エゼキエル 2:4で,エホバは預言者に,メッセージが誰から来たかを明らかにするよう指示しました。エゼキエルは自分の意見を神の言葉のように述べてはなりませんでした。この原則は,教えたり助言したりする時に役立ちます。聖書が述べていることと,自分の考えを区別する必要があります。聖書の言葉を説明の土台にするなら,自分の判断ではなくエホバを信頼するよう助けられます。

エゼキエル 2:5 — 彼らは,聞くとしても,反逆的な民であるために聞かないとしても,自分たちの中に預言者がいたことを知ることになる。

コメント 6: エゼキエル 2:5は,人々が聞いても聞かなくても,預言者の任務には価値があることを示しています。人々の反応だけが奉仕の評価基準ではありません。私たちの割り当てはエゼキエルのものとは異なりますが,宣教に役立つ原則を学べます。他の人の決定は変えられませんが,よく準備し,聖書を明確に説明し,人々に敬意を示すことはできます。

エゼキエル 2:6 — 人の子よ,彼らや彼らの言葉を恐れてはいけない。あなたはいばらに囲まれ,サソリと共に住んでいるが,彼らの言葉を恐れてはならず,彼らの顔を見ておびえてもいけない。彼らは反逆的な民なのである。

コメント 7: エゼキエル 2:6で,エホバは預言者を恐れさせるかもしれない言葉や顔について述べています。誰かが実際に行動する前から,反対が恐れを生じさせることを認めていました。エホバがそのような圧力を見過ごされないことを知ると慰められます。信仰について話す時,視線や言葉で緊張するなら,この助言を思い出し,祈って穏やかに答えられます。勇気とは厳しく答えたり議論したりすることではありません。

エゼキエル 2:7 — 彼らが聞いても聞かなくても,あなたは私の言葉を話さなければならない。彼らは反逆的な民なのである。

コメント 8: エゼキエル 2:7は,預言者が伝えるべきもの,つまり人々が反逆的であってもエホバの言葉を伝えることを強調しています。聞き手の抵抗を理由に,メッセージをもっと都合のよいものに変えてはなりません。教える時,語彙や説明の仕方は相手に合わせられますが,聖書の教えを変えてはなりません。人への思いやりと神の言葉への忠実さは両立します。

エゼキエル 2:8 — 人の子よ,私が話していることを聞きなさい。この反逆的な民のように逆らってはいけない。口を開けて,私が与える物を食べなさい」。

コメント 9: エゼキエル 2:8で,エホバはまず預言者に聞くよう求めました。他の人にメッセージを伝える前に,自分が神からの指示に注意を払う必要がありました。この順序は,コメントや聖書研究を準備する時に役立ちます。他の人が何を変える必要があるかだけを考えて読みたくはありません。まず自分が何を学び,どう当てはめられるかを考えます。そうすれば,教えることに従おうとする誠実な努力が伴います。

エゼキエル 2:8 — 人の子よ,私が話していることを聞きなさい。この反逆的な民のように逆らってはいけない。口を開けて,私が与える物を食べなさい」。

コメント 10: エゼキエル 2:8には個人的な警告もあります。預言者は周囲の人々のように反逆的になってはなりませんでした。エホバから任務を与えられたからといって,悪い影響を受けないわけではありません。長年エホバに仕えていても,自分の態度に注意する必要があります。周囲で聖書の導きを絶えず批判しているなら,その環境に考え方を形作られないようにします。従順は他の人の行動ではなく,自分自身の決定であるべきです。

エゼキエル 2:9 — 見ると,私に向かって手が差し出され,その手には巻物があった。

コメント 11: エゼキエル 2:9では,手が巻物を差し出しました。エゼキエルはメッセージの内容を作り出す必要がなく,それを与えられました。この点から,私たちにも聖書という書かれた導きがあることを感謝できます。疑問が生じた時,最初の印象や曖昧な記憶で満足する必要はありません。神の言葉を開き,聖句を調べ,教えていることを注意深く確かめられます。

エゼキエル 2:10 — その巻物が私の前で広げられると,表にも裏にも文字が書かれていた。哀歌と悲しみと嘆きが記されていた。

コメント 12: エゼキエル 2:10で,巻物には哀歌,悲しみ,嘆きが記されていました。預言者が受け取るメッセージは楽しいものや軽いものではなく,痛みを伴う事柄も含んでいました。聖書で気分がよくなる言葉だけを探してはならないと学べます。警告や矯正も必要です。聖句によって変えるべき態度が明らかになったなら,不快だから避けるのではなく,真剣に受け止めるのが最善です。

★ Premium

すべてのPremium機能を利用

集会の準備をより快適にし、サイトのすべてのツールを利用できます。

  • 広告なし閲覧
  • 録音とリアルタイム文字起こし
  • 課題の添削
  • アカデミーの全機能
  • 音声記事と読書用拡大鏡
  • コメントの保存と同期

月額プラン

月額3ユーロ

毎月更新。いつでも解約できます。

月額を選択
2か月分無料

年間プラン

年額30ユーロ

12か月分の一括払い。自動更新なし。

年間を選択

コメントする

上部へスクロール
マイ録音