読み込み中…

8%

2027年1月11日から17日の週の神の言葉の宝

2027年1月11日から17日の週の神の言葉の宝

テーマ: エホバは正しいことを行おうと努力するあなたを大切にしてくださる

正しいことを行うのはいつも簡単とは限りません。周りの人とは違う行動をしたり,魅力的な機会を断ったり,誰にも褒められなくても固い決意を保ったりする必要がある場合があります。そんな時,「自分の努力に気づいてくれる人がいるのだろうか」と思うかもしれません。ダニエルの例は,とても励みになる答えを与えてくれます。エホバは私たちの努力に気づき,大切にしてくださるのです。ダニエルの生き方から,どんな評判を築く価値があるのか,また,なぜ喜びを持って正しいことを行い続けられるのかを学べます。

まず,エホバから良い評判を得るとはどういうことかを考えてみましょう。能力や地位ゆえに人から褒められることがあります。しかしエホバがダニエルのことで強調したのは,はるかに重要な点,つまり彼の正しさでした。そして,それを別の預言者エゼキエルを通して示しました。自分で自分を良く言っていたのではありません。エホバが,注目に値する手本としてダニエルを紹介したのです。エゼキエル 14章14節と20節で,エホバがどのように述べたかを聞いてみましょう。

エゼキエル 14:14,20 — 「『たとえノア,ダニエル,ヨブの3人が国の中にいたとしても,彼らは自分たちの正しさゆえに自らを救うことしかできない』と,主権者である主エホバは宣言する」。 生きている私自身に懸けて言うが,たとえノア,ダニエル,ヨブが国の中にいたとしても,彼らは息子も娘も救えない。自分たちの正しさゆえに自らを救うことしかできない』と,主権者である主エホバは宣言する」。

エホバはダニエルをノアやヨブと並べ,正しい人の手本としました。これは何という信頼の表れでしょう。しかも,そのように認められた時,ダニエルはまだ若かったのです。この聖句は,その人たちの正しさによって子供たちが自動的に救われるわけではないことも明らかにしています。一人一人が神の前で自分の責任を負っていました。ですから,エホバがダニエルの中で大切にしたのは,単に神の民の一員だったことではなく,ダニエル自身がどんな人になることを選んだかでした。

このことから,自分の評判について考えさせられます。エホバを愛する家族や友人がいるのは素晴らしいことですが,エホバに従う決定を私たちの代わりにしてもらうことはできません。「自分の選択は,自分がどんな人になりたいと思っているかをどう示しているだろう」と考えてみましょう。エホバに自分の行動を見てもらうために,注目を集める必要はありません。エホバはダニエルの正しさを高く評価しました。では,あれほど難しい環境の中で,その若者はどのようにして優れた評判を築いたのでしょうか。

ダニエルは両親から引き離され,捕虜としてバビロンに連れていかれました。12歳か13歳くらいだったかもしれません。突然,偶像崇拝やオカルトに満ちた都市で,エホバの律法に従わない人たちに囲まれて暮らすことになりました。さらにバビロニア人はユダヤ人を軽蔑し,その神をあざ笑っていました。忠実な若者にとって,それはつらいことだったに違いありません。自分の信念を守るには,周りの人たちに流されないようにする以上の努力が必要でした。

しかし,圧力はあざけりという形だけで来たわけではありません。ダニエルと3人の仲間,ハナニヤ,ミシャエル,アザリヤは,王に仕えるための訓練を受ける人として選ばれました。特別な待遇を受け,イスラエルにいたなら決して得られなかったと思われる機会も与えられました。その状況は魅力的に思えたでしょう。ダニエルは,バビロンが提供する利点とエホバとの友情のどちらを重視するかを決めなければなりませんでした。彼の成熟さは,知識だけでなく,何を選んで行動するかに表れました。

王の食物をめぐる問題が生じた時,ダニエルはすでに自分を汚さないと決めていました。バビロンの華やかさによって信仰を弱めたり,偽りの宗教に近づいたりしませんでした。その決意があったからこそ,エホバが彼を正しい人の手本として示した理由を理解できます。ダニエルは,正しいことを愛していると言うだけではありませんでした。エホバに従うなら他の人と違って見え,不都合に思える場合でも,具体的な決定によってそれを示しました。

若い人たちは,この決意に倣えます。例えば学校で,自分の信仰に基づく決定について,敬意を込めてどう説明するかを前もって考えておけます。また,適切な機会に,クラスメートにエホバについて話すこともできます。緊張したり,好ましくない反応を恐れたりするかもしれません。それでもダニエルの例は,霊的な成熟を示すために大人になるまで待つ必要はないことを思い出させます。今の決定もすでにエホバにとって価値があるのです。

ダニエルはさらに,もっと微妙な試練にも直面しました。非常に優れた能力があり,特別な特権も与えられました。自分はいつも他の人よりよく知っていると思い,誇り高ぶることもできたでしょう。しかし彼は謙遜で控えめな態度を保ち,成功したのはエホバのおかげだと認めました。ですから,正しいことを行うとは,悪いことを退けるだけではありません。物事がうまくいった時,褒められた時,責任を任された時にも,正しい態度を保つことが含まれます。

この教訓は私たち全てに役立ちます。経験や何らかの能力があるなら,「助言を素直に受け入れられるだろうか。エホバから受けたものを認めているだろうか」と考えられます。ダニエルは生涯を通じて信仰と従順を保ちました。それは一度だけ勇気を示したということではなく,一貫した歩みでした。彼の良い評判は行動によって裏付けられていました。エホバはその忠実さを見ていただけでなく,ダニエルを祝福し,重要な事柄を成し遂げるために用いました。

神の恵みにより,ダニエルはバビロン,そして後にはメディアとペルシャの高官になりました。エホバがそのような地位に就かせたのは,自分の民を助けられるようにするためだったのかもしれません。エゼキエルや他のユダヤ人の捕虜たちは,その全てにエホバの手が働いているのを見て,どれほど励まされたことでしょう。ダニエルは故国から遠く離れていましたが,エホバは彼を忘れていませんでした。彼の忠実さは神の目に貴重でした。

正しいことを行えばいつも目立つ地位に就ける,と考えてはなりません。大切なのは,エホバが忠実さを高く評価し,ご自分の僕たちを価値ある仕方で用いることができるという点です。ダニエルの場合,その評価は年月がたっても変わりませんでした。彼がほぼ100歳になっていたと思われる時,天使が愛情を込めて,神から非常に大切な人と見られていることを伝えました。では,私たちの努力もエホバに喜ばれると確信できるのはなぜでしょうか。格言 21章3節を読みましょう。

格言 21:3 — 正しく公正なことを行う方が犠牲よりもエホバに喜ばれる。

この格言から,エホバが何を最も重要と見ているかが分かります。犠牲を捧げても,正しく公正な行動の代わりにはなりません。エホバは,私たちの崇拝がご自分の基準に調和した決定を伴うことを望んでいます。ですから,他の人から見える奉仕だけが大切だと考えないようにしましょう。得をできる時にも正直でいること,人に公正に接すること,褒められた後も謙遜でいることは,エホバを喜ばせたいと思っていることを示す実際的な方法です。

では,「正しいことを行おうと努力する私を見て,エホバはどう感じるだろう」と考えてみましょう。格言から,自信を持って答えられます。私たちの正しい行動はエホバに喜ばれるのです。学校,職場,家庭などで,これから決定しなければならないことを考えてみましょう。難しさや他の人の反応だけに目を向けるのではなく,エホバを喜ばせる喜びを思い出しましょう。その見方があれば,決意を守る力が得られます。

ダニエルはエホバから高く評価される評判を築き,若い時から正しいことを擁護し,役立つための祝福を受けました。正しいことを行うのが難しく,他の人に自分の決定を理解してもらえない時でも,その例に倣って前進できます。選択を迫られる時には,誰に喜んでもらいたいと思っているかを思い出しましょう。私たちの努力がエホバに見過ごされることはありません。エホバは私たちが直面している状況を知っており,エホバへの愛ゆえに正しいことを選ぶことを大切にしてくださいます。

★ Premium

すべてのPremium機能を利用

集会の準備をより快適にし、サイトのすべてのツールを利用できます。

  • 広告なし閲覧
  • 録音とリアルタイム文字起こし
  • 課題の添削
  • アカデミーの全機能
  • 音声記事と読書用拡大鏡
  • コメントの保存と同期
  • プロジェクトを支援し、運営をサポート

月額プラン

月額3ユーロ

毎月更新。いつでも解約できます。

月額を選択
2か月分無料

年間プラン

年額30ユーロ

12か月分の一括払い。自動更新なし。

年間を選択

コメントする

上部へスクロール
マイ録音