21章: エホバのメッセージを勇気を持って伝えた少年
サムエルはどのように勇気を示しましたか。
コメント 1: サムエルは,エリにエホバのメッセージを全て伝えることによって勇気を示しました。簡単なことではありませんでした。サムエルは少年で,エリは大祭司であり,サムエルがその監督の下で成長してきた人でした。しかも,そのメッセージはエリの家に対する処罰を告げるものでした。それでもサムエルは何も隠しませんでした。サムエルの例から分かるように,勇気があるとは恐れを感じなくなることではなく,恐れを感じてもエホバが私たちに望んでいることを行うことです。
コメント 2: また,重大な罪が行われている環境の中で忠実であり続けることによっても勇気を示しました。ホフニとピネハスはエホバを敬わず,幕屋に犠牲を持ってくる人たちを虐待していました。サムエルはその悪い手本を見ていましたが,まねをしたり,神に仕えるのをやめたりしませんでした。成長するにつれて,エホバからも人々からも愛されるようになりました。周りの人たちと同じように行動する必要はありません。他の人が正しいことを行わなくても,正しいことを選べます。
コメント 3: サムエルの勇気は,エリとのあの会話だけに限られませんでした。この章によると,サムエルは何十年もの間,預言者また裁き人として忠実に仕え続けました。幼い時からエホバの助けによって勇気を示すことを学び,生涯その態度を保ちました。クリスチャンの勇気は,特別な状況での一時的な反応だけではありません。毎年エホバに従い続け,任された責任を受け入れる時にも示されます。
1. 幕屋があったシロはどのような場所でしたか。
コメント 1: シロはエフライムの山地にあり,エルサレムの北約30キロの所にありました。資料によると,幕屋は丸みを帯びた丘の上にあったようです。南には大勢の人が集まれる谷がありました。こうした点を知ると,さまざまな場所からエホバを崇拝するためにイスラエル人がやって来た,丘に囲まれた場所でサムエルが成長したことを思い描けます。
ヨシュア 18:1 — イスラエル人の民の全ての人はシロに集合し,そこで会見の天幕を組み立てた。今や土地を制圧していたからである。
コメント 2: ヨシュア 18:1から,シロがなぜ重要だったかが分かります。そこに会見の天幕が設営されたからです。それ以前,幕屋はエリコの近くのギルガルにありましたが,土地の分配の期間中にシロへ移されました。ですから,その場所で際立っていたのは景色ではなく,エホバの崇拝との関係でした。サムエルにとってそこに住むことは,イスラエルの崇拝の中心のそばで成長し,幕屋での奉仕に加わることを意味しました。
コメント 3: シロの周辺には現在より多くの木があり,野生動物が住む森もありました。幾つかの丘には段々畑にされたオリーブ園がありました。資料には,農夫や羊飼いが畑や群れを見張れる見張り塔のことも述べられています。そうした環境を知ると,サムエルの周りの景色を想像しやすくなります。ただし,サムエルがその丘を探検した可能性と,聖書が確認している事実とは区別しなければなりません。
コメント 4: シロには子供を連れた家族もやって来ました。エルカナとハンナは毎年そこを訪れ,そこでサムエルをエホバに仕えさせるために連れてきました。ですから,幕屋について考える時,祭司や大人だけの場面を想像すべきではありません。子供たちもその崇拝の場面に含まれていました。
2. 幕屋でのサムエルの生活はどのようなものだったと考えられますか。
サムエル第一 2:18 — さて,サムエルは少年だったが,亜麻布のエフォドを着てエホバの前で奉仕していた。
コメント 1: サムエル第一 2:18から,サムエルが少年の時からエホバへの奉仕に加わっていたことが分かります。資料によると,亜麻布のエフォドは袖のない簡素な衣服で,祭司たちを助けていたことを示すものでした。サムエルは祭司の家系ではありませんでしたが,役立つ仕事を行っていました。幕屋での生活は,ただ他の人の働きを見ているだけではありませんでした。幼い時から,自分にできる仕事によってエホバへの奉仕に貢献していたのです。
コメント 2: 朝に中庭の戸を開けたり,年老いたエリを助けたりすることも仕事の一部でした。サムエルはその仕事を愛するようになりました。責任の中には簡単で実際的なものもありましたが,それらもエホバへの奉仕の一部でした。これは,目立たない仕事を高く評価する助けになります。重要なのは,仕事によって注目を浴びることではなく,神への崇拝に役立つので愛を込めて行うことです。
コメント 3: サムエルの生活には,とてもつらい時もあったに違いありません。ホフニとピネハスはエホバの規準を軽視し,民の捧げ物を不敬に扱っていました。人々が霊的な慰めを求めて来る場所でそのような虐待を見るのは,サムエルにとってどれほど戸惑うことだったでしょう。ですから,サムエルの幼少期を困難のないものとして理想化してはなりません。聖なる場所で奉仕していましたが,非常に悪い行いのただ中で忠実を保たなければなりませんでした。
コメント 4: エリの息子たちの悪行は,捧げ物に限られていませんでした。幕屋の入り口で仕えていた女性たちと性的な関係を持っていました。サムエルはそうした罪が行われていることを知りながら成長し,資料によると,エリが行動を起こすことを期待していたことでしょう。この経験から,宗教的な活動の近くにいるだけで自動的にエホバを敬うようになるわけではないことが分かります。サムエルは自分自身の忠実さを培い,あの男性たちの態度を取り入れないようにする必要がありました。
コメント 5: そのような環境にあっても,サムエルはエホバの家で奉仕することを楽しみました。ここには大切な対照があります。ホフニとピネハスの行いによって,神との関係を決めることはありませんでした。彼らは悪いことをしていましたが,エホバは依然として愛と従順を受けるに値する方でした。私たちも,周りの人がいつも正しく行動すると思い込むのではなく,エホバがどんな方で,どんな規準を持っているかを土台にして忠実である必要があります。
3. サムエルが幼い時に「まだエホバをよく知らなかった」と聖書が述べているのはどういう意味ですか。
サムエル第一 3:7 — (サムエルはまだエホバをよく知らず,エホバの言葉はまだサムエルに啓示されていなかった。)
コメント 1: サムエルがエホバについて何も知らなかったという意味ではありません。両親や祭司たちから教えられていました。その節自体が示している通り,まだ神からのメッセージを受けていなかったということです。エホバの代弁者として仕えることによって知るようになる,より親密な仕方では,まだエホバを知っていませんでした。
コメント 2: 資料は,エホバを知ることには,エホバについて情報を蓄える以上の意味があると強調しています。それは親しい友情に至ることのある過程です。サムエルはすでにエホバに仕えていましたが,エホバがどのように行動し,預言者たちにどのように伝えるかについて,まだ多くを学ぶ必要がありました。この違いを理解すると,この聖句の意味が分かります。聖書の教えをたくさん知っていても,エホバにさらに近づき,エホバとの個人的な関係を強める必要がある人はいます。
コメント 3: サムエルは成長し,預言者として仕えるにつれて,エホバとの関係を深めていきました。神が支えてくださることや,伝えるよう委ねられたメッセージが実現するのを見ました。ですから,この表現は霊的な関心の欠如ではなく,成長の一段階を表しています。若い人たちにとって励みになります。家で多くを学んでいても,学んだことを実践することによって,エホバをいっそうよく知る機会がまだ前途にあるからです。
4. エリの家に関する預言はどのように実現しましたか。
コメント 1: 預言の具体的な部分の1つは,ホフニとピネハスが同じ日に死ぬというものでした。それはフィリスティア人との戦いで起きました。イスラエル人は,契約の箱をシロから陣営に運べば勝てると考えましたが,大敗しました。フィリスティア人は箱を奪い,エリの2人の息子は死にました。ですから,箱と一緒にいたからといって,彼らが自分たちの行いの結果から守られたわけでも,予告された事柄の実現を阻止できたわけでもありません。
コメント 2: エリもその日に死にました。98歳で目が見えず,契約の箱のことを非常に心配しながら知らせを待っていました。箱が奪われたと伝えられると,エリは座から後ろ向きに倒れ,首を折って死にました。その出来事がエリの家族とイスラエルにとってどれほど重大だったかが分かります。エホバは結果について警告していましたが,この章が示す通り,エリが最終的に息子たちを正した証拠はありません。
コメント 3: その後もエリの家系の力は失われていきました。サウルの治世中,ホフニの子アヒトブを通してエリの子孫だったノブの祭司たちが殺されました。アビヤタルは逃れ,ダビデの治世中も祭司として仕え続けました。この点から,その家系に対する裁きがホフニとピネハスの死で終わらなかったことが分かります。資料は,その預言が長い期間にわたって影響を及ぼしたことを説明しています。
列王第一 2:26-27 — 王は祭司アビヤタルに言った。「アナトテにある自分の土地に行きなさい!あなたは死に値しますが,今日あなたを殺すことはしません。あなたは私の父ダビデの前で主権者である主エホバの箱を担ぎましたし,さまざまな苦難を私の父と共にしたからです」。 こうしてソロモンはアビヤタルをエホバの祭司職から外し,エホバがシロでエリの家系に対して語った事柄が実現した。
コメント 4: 列王第一 2:26,27は,アビヤタルが職を失ったことを,エホバがエリの家系について語った言葉と明確に結び付けています。アビヤタルはアドニヤの反逆を支持し,ソロモンは彼を祭司職から退けました。このようにして,エリの子孫は大祭司の職を永久に失いました。この結末から,サムエルを通して伝えられたメッセージが実現したことが分かります。結果が生じるまでに時間がかかったものもありましたが,どんな宗教上の立場もエホバの決定を無効にすることはできません。
従順な態度をまねるにはどうすればよいですか。
サムエル第一 3:5 — そしてエリの所に走っていき,「お呼びになりましたか」と言った。しかしエリは,「呼んではいない。戻って寝なさい」と言った。それでサムエルは戻って寝た。
コメント 1: サムエルはエリに呼ばれたと思うと,すぐに答えました。夜だったにもかかわらず,走って行ったと書かれているので,すぐに応じようとしたことが分かります。若い人たちは,親から助けや仕事を頼まれた時,この態度をまねできます。何度も言われてから仕方なく行うというだけではありません。すぐに応じることは,従順さと,助けを必要としている人への思いやりを表します。
コメント 2: サムエルは,エリからもう一度寝るよう言われた時にも従いました。何が起きているのかまだ理解していませんでしたが,その簡単な指示に従ったのです。若い人たちは,状況の細かな点をいつもすぐ理解できるとは限らないことを学べます。親からエホバの規準に沿った指示を受けたなら,良い態度で聞いて実行できます。説明が必要なら,反抗的にならずに尋ねることができます。
コメント 3: サムエルの従順には,とても実際的な面もありました。年配の人を進んで助けたのです。特別なエホバからの割り当てを受けると知っていたから行ったのではなく,エリが助けを必要としていると思ったからでした。若い人たちは,日常の小さな事柄でも喜んで奉仕することを学べます。家で手伝ったり,親からのもっともな頼みを聞いたりすることは小さく思えるかもしれませんが,サムエルのような奉仕の精神を培えます。
サムエルのように礼儀正しさと敬意を示すにはどうすればよいですか。
サムエル第一 3:6-10 — エホバはもう一度,「サムエル!」と呼んだ。サムエルは起きてエリの所に行き,「お呼びになりましたか」と言った。しかしエリは,「サムエル,呼んではいない。戻って寝なさい」と言った。 (サムエルはまだエホバをよく知らず,エホバの言葉はまだサムエルに啓示されていなかった。) エホバは3度目に,「サムエル!」と呼んだ。サムエルは起きてエリの所に行き,「お呼びになりましたか」と言った。その時エリは,エホバが少年サムエルを呼んでいることに気付いた。 エリはサムエルに言った。「戻って寝なさい。もし呼ばれたら,『エホバ,お話しください。聞いております』と言いなさい」。そこでサムエルは自分の場所に戻って寝た。 エホバはもう一度,「サムエル,サムエル!」と呼んだ。サムエルは,「お話しください。聞いております」と言った。
コメント 1: サムエルはエリのもとに行くたびに,敬意を込めて話しました。夜中に同じことが繰り返されても,少年がぶっきらぼうに答えたとは書かれていません。若い人たちは,親や年長者と話す時,言葉遣いと声の調子に注意することによってサムエルをまねできます。疲れている時や状況が分からない時に,良いマナーが特によく表れます。そのような時にも親切に話すなら,敬意が気分に左右されないことを示せます。
コメント 2: 説明を聞いて受け入れることも,敬意を示す方法です。エリは,エホバが少年を呼んでいると分かると,どう答えるべきかを教えました。サムエルは注意深く聞き,指示に従いました。若い人たちは,聖書に基づく助言を受けた時,同じようにできます。相手の話を最後まで聞き,言われたことを理解しようとし,実行するのです。このように聞くことは,ただ黙っている以上のことです。差し伸べられている助けを大切にしていることを示します。
コメント 3: サムエルは特にエホバに対して敬意を示しました。誰が呼んでいるかを理解すると,指示を受けたいと願う僕のように,聞く用意をしました。若い人たちは,神の言葉に注意を払い,学ぶことを真剣に受け止めることによって,同じ謙遜さを培えます。サムエルのようなメッセージを受けることは期待していませんが,教えをどのように聞き,生活でどのように応じるかによって,エホバへの敬意を示せます。
サムエルのように責任感を示すにはどうすればよいですか。
サムエル第一 3:15 — サムエルは朝まで眠り,それからエホバの家の戸を開けた。彼は,見た幻についてエリに伝えるのを恐れた。
コメント 1: あの特別な夜の後,サムエルはエホバの家の戸を開けました。聞いたことをエリに話すのが怖かったにもかかわらず,朝の仕事を行いました。若い人たちは,心配事があったり別のことを気にしていたりしても,責任を果たすことによってサムエルをまねできます。責任感があるとは,何もかも簡単な時だけ働くことではありません。任された事柄をおろそかにしないことです。
コメント 2: サムエルはエホバから直接メッセージを受けたばかりでしたが,幕屋の戸を開けることをやめませんでした。非常に重要な経験をしたからといって,普段の仕事が価値のないものになったわけではありません。若い人たちは,会衆で実際的な仕事を手伝う時,この点を当てはめられます。例えば,王国会館の清掃用品の在庫を調べる若者の姿はよい例です。王国会館がきちんと整えられているようにすることも,注意深さと忍耐を要する大切な責任です。
コメント 3: 戸を開けることは目立つ仕事ではなかったかもしれませんが,サムエルはそれを行いました。若い人たちは,家でも王国会館でも,割り当てられた仕事の細かな点に注意を払うことによって,同じように責任感を示せます。簡単な仕事をきちんと行うなら,頼れる人であることを示せます。
若い人たちは,どんな状況で話す勇気が必要になるかもしれませんか。サムエルの手本はどのように助けになりますか。
コメント 1: 若い人は,聖書の規準に反することに参加しない理由を説明しなければならない時,勇気が必要になります。仲間がどう反応するかを心配するかもしれません。サムエルもこれからする会話を恐れていましたが,そのために黙ることはありませんでした。若い人は,エホバに従いたいと思っていることを恥じず,敬意を込めて明確に話す点で,サムエルの手本から助けを得られます。反抗的になる必要はありません。確固としていながら親切であればよいのです。
コメント 2: 深刻な問題が起きていることを親や信頼できる大人に話し,助けを求める時にも勇気が必要です。説明すると気まずくなったり,他の人を心配させたりするのではないかと恐れるかもしれません。サムエルは伝えるべき難しいメッセージを隠しませんでした。もちろん,その状況を神からの啓示と同じものと考えるわけではありませんが,問題を恐れて隠さないよう励まされます。正直に話すことは,助けを得て正しいことを行うために必要な一歩です。
コメント 3: 集会に参加したり,自分の信仰について話したりする時にも,若い人には勇気が必要かもしれません。年齢のためにうまく表現できないと思うこともあります。しかしエホバは,サムエルがまだ少年だった時に責任を託しました。若いことは,奉仕に役立つ妨げにはならないのです。準備をし,簡単な聖書の考えを伝えることに集中すれば,緊張が完全になくなるのを待たずに行動できます。
サムエルの勇気の手本を,ほかにどのようにまねできますか。
コメント 1: 悪い手本を見ても忠実であり続けなければならない時,サムエルをまねできます。サムエルの近くにはエホバの規準を軽視する人たちがいましたが,その行動を言い訳にして同じことをしませんでした。これは,自分の決定に責任を持つよう私を励まします。誰かが間違ったことをしても,その人に従ったり,神に仕えたいという気持ちを失ったりする必要はありません。人間の悪い行いに合わせて規準を変えないエホバに忠節を示すべきです。
コメント 2: もう一つは,黙っている方が楽な時にも,敬意を込めて真実を話すことです。サムエルはエリを敬いましたが,その敬意のためにエホバのメッセージを隠すことはしませんでした。私も,間違いを認めたり,自分が扱うべき問題を取り上げたりするのに勇気が必要なことがあります。ただし,この手本は厳しい話し方や,自分の意見を神からのメッセージのように述べることを正当化するものではありません。誠実さと相手への敬意を結び付けることを教えているのです。
コメント 3: エホバへの奉仕で,気後れする責任を受け入れる時にも,サムエルの勇気をまねできます。サムエルは簡単なメッセージを選んだわけでも,完全に自信が持てるまで待ったわけでもありません。エホバから委ねられたことを行い,エホバの支えを受けました。私も,不安だけを理由に適切な仕事を断らないよう励まされます。準備をし,受ける助言を受け入れ,必要な一歩を踏み出すことによって,いつも恐れに決定を委ねることがないようにできます。
この記述から,エホバについてどんなことを学べますか。
コメント 1: エホバは,ご自分に仕えたいと願う子供たちを大切にしていることが分かります。サムエルはエリのような年齢でも立場でもありませんでしたが,エホバはメッセージを伝える人として彼を選びました。成長する間ずっと共にいて,預言者として支えました。このことから,若い人たちを大切に見ることができます。従順さ,進んで行う態度,正しいことをしようとする努力は,エホバの目に留まっています。大人になるまで,エホバとの友情を培うのを待つ必要はありません。
コメント 2: エホバは虐待を認めず,宗教上の立場を罪の言い訳にさせないことも学べます。ホフニとピネハスは祭司でしたが,その立場によって悪行が正当化されることはありませんでした。エリも必要な処置を取らなかったことについて責任を問われました。エホバは起きていることを見ており,状況を正すことにしました。エホバが不正に無関心ではないので安心できます。エホバの裁きは人の名声ではなく,行動と公正な規準に基づいています。
コメント 3: エホバは信頼できる方だということも分かります。サムエルを支え,伝えたメッセージが実現するようにしました。少年サムエルは,自分の力でその言葉の結果を確実にする必要はありませんでした。責任は忠実に伝えることでした。このことから,自分が行うべきこととエホバに任せるべきことを区別できます。エホバが必ず言葉を実現するという確信を持って,従うことに集中できます。
この記述は,エホバの目的や聖書の主題とどのように関係していますか。
コメント 1: この記述は,エホバの名が神聖なものとされることと関係があります。エリの息子たちは行いによってエホバの名を汚し,エホバへの崇拝を腐敗させていました。エホバは彼らを裁くことによって,その行動を認めていないことを明らかにしました。ご自分の規準と,それを軽視する人たちの行動を区別したのです。エホバの名が尊ばれるという目的と調和しています。エホバの命令に反する行いを続ける人は,エホバを正しく代表できません。
コメント 2: エホバが民を導き,どのように崇拝されるべきかを定める権利も強調されています。ホフニとピネハスは自分の欲望に従いましたが,サムエルは聞いて従いました。この対照は,聖書の中心的な問題であるエホバの権威を認めることと関係しています。サムエルは,自分の都合より神の導きを大切にしていることを行動で示しました。私たちも,勇気が求められる時でさえ規準に従うことによって,エホバの権威を認めていることを示せます。
コメント 3: あの祭司たちの腐敗によって,エホバが民を導くことは妨げられませんでした。エホバはサムエルを預言者として選び,長年支えました。これは,人間の不忠実さによってエホバの目的が挫折することはないと理解する助けになります。エホバは悪い状態を正し,聞きたいと願う人たちに導きを与え続けることができます。
サムエルが復活したら,どんなことを尋ねたいですか。
コメント 1: エリに話す前,恐れを克服するのに何が助けになったのかをサムエルに尋ねたいです。サムエルが恐れながらもメッセージを全て伝えたことは分かりますが,その夜にどんな考えを抱いていたかは詳しく書かれていません。経験を聞けたら大きな励みになるでしょう。今のところ,その細かな点を知らなくても学べます。恐れを感じながらもエホバに忠実であることを選べるということを,行動で教えてくれているからです。
コメント 2: 母親が訪ねてきた時のどんな思い出があるのか,成長する間に両親から受けたどんな教えが最も助けになったのかを尋ねたいです。ハンナが毎年やって来て新しい衣服を持ってきたことは書かれていますが,会話の内容は記録されていません。想像を事実のように扱わず,そうした細部を知ることができたらすてきです。この質問を考えると,今,親が教えや変わらない愛情によって行える良いことの価値も分かります。
コメント 3: 生涯を通じてエホバとの友情をどのように深めていったのかを尋ねたいです。幼い時にはまだ神からメッセージを受けていませんでしたが,その後何十年も預言者また裁き人として仕えました。その霊的な成長について,どんな経験を覚えているのか聞けたら興味深いでしょう。その会話を考えると,エホバについてすでに知っていることだけで満足しないよう励まされます。サムエルのように,年を重ねるにつれてエホバから学び続け,友情を強められます。
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