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2027年1月11日から17日の「ものみの塔」研究

2027年1月11日から17日の「ものみの塔」研究

羊を本当に世話する牧者

1,2. ア)長老たちはどのように私たちを助けてくれますか

エレミヤ 3:15 — そして,私の心にかなった牧者たちを与え,彼らは知識と洞察力をもってあなたたちを養う。

回答 1: 長老たちは私たちの必要に応じた霊的食物を与えて助けてくれます。この聖句が示す通り,そのためには知識と洞察力が必要です。ただ何をすべきかを告げるのではなく,私たちの状況を理解し,聖書を愛情深く用いる必要があります。そうすれば,私たちが道からそれている時には導き,弱く感じている時には力づけ,エホバの近くにとどまれるよう助けることができます。

回答 2: 時宜にかなった助言も,非常に貴重な助けです。時には長老が,私たちが自分を傷つけかねない方向に進んでいることに気付き,聖書を用いて一緒に考えるために近づいてきます。助言を受けるのはいつも容易とは限りませんが,その関心は愛情の表れだと考えられます。長老が願っているのは,私たちを悪く感じさせることではなく,エホバとの友情を守ることです。

回答 3: また,愛する人を亡くした時など,特に心が痛む時にも慰めてくれます。自分には価値がないと感じる時には,エホバがどれほど私たちを愛しているかを思い出させてくれます。そのような気遣いはとても貴重です。外からは全ての問題が見えるわけではないからです。長老が自分の気持ちを気に掛けてくれていると知るなら,その時に必要な霊的支えを受け入れやすくなります。

回答 4: マリアの経験から分かるように,牧羊訪問によって長老たちは私たちをよりよく知り,どのように助けられるかを見極めることができます。マリアは,長老たちが本当に自分を理解したいと思っていると感じています。このことから,牧羊は聖書の情報を伝えるだけではないと分かります。兄弟が愛されていると感じ,心配していることを安心して話せるよう,信頼関係を築くことも含まれるのです。

1,2. イ)必要な霊的支えを受けられるよう,エホバは何をしましたか。(「聖書時代の牧者」という囲みも参照。)

エレミヤ 23:4 — そして私は,彼らをしっかり世話する牧者たちを立てる。彼らはもはや恐れることもおびえることもなくなり,誰も失われない」と,エホバは宣言する。

回答 1: エホバは,ご自分の民を本当に世話する牧者を与えると約束しました。それは,エホバが私たちの必要を知っており,恐れに無関心ではないことを示しています。長老たちを通して受ける霊的支えは,エホバの愛情深い世話の一部です。ですから,助けを差し伸べられたなら,エホバが私たちのことを考えて設けてくださった備えから益を得る機会だと考えられます。

回答 2: エホバは,イエスを地上に遣わすことによって,最も素晴らしい仕方で約束を果たしました。イエスは,神の羊を愛と理解をもって扱い,羊のために進んで犠牲になるべきことを示しました。エホバは支えを約束しただけでなく,み子を通して牧者の完全な手本を与えてくださったのです。長老たちは私たちを世話する際,その手本に注目できます。

回答 3: その後,イエスは会衆を牧するために長老たちを任命しました。そのため,イエスが地上を去った時に羊の世話が終わったわけではありません。エホバは,ご自分の僕たちが教えや導きや慰めを受け続けられるようにしました。この継続的な世話について考えると,今日,会衆を霊的に世話するために時間と努力を捧げている兄弟たちの働きを大切にできます。

回答 4: エホバは,ご自分の民のためにどんな牧者を望んでいるかを明らかにしました。ご自分の意志に沿って行動し,知識と洞察力をもって羊を世話する男性です。ですから,責任を担っているだけでは十分ではありません。大切なのは,エホバが望む仕方で兄弟たちを世話することです。牧羊の背後にあるこの愛情深い意図を知ると,支えが必要な時に長老たちに近づくことができます。

3. イエスが「私は立派な羊飼いです」と言えたのはなぜですか。(ヨハネ 10:11,14)

ヨハネ 10:11,14 — 私は立派な羊飼いです。立派な羊飼いは羊のために命をなげうちます。 私は立派な羊飼いで,自分の羊を知っており,私の羊も私を知っています。

回答 1: イエスがそう言えたのは,羊への愛に動かされて命を与えたからです。愛情を言い表しただけでなく,最大の犠牲を払う用意がありました。そのことから,私たちがイエスにとってどれほど大切かが分かります。また長老たちは,良い牧羊には行動が伴い,兄弟たちの必要を自分のことより優先する用意が必要だと学べます。

回答 2: 別の理由は,イエスが羊一匹一匹の必要を知っていたことです。弟子たちを,教えるべき一つの集団として見ていたのではありません。それぞれに関心を払い,どのように安心させられるかを知っていました。これはイエスの手本の重要な面です。長老たちは兄弟たちをよく知るほど,その人の状況に合った助けを与えやすくなります。

回答 3: イエスが立派な牧者だったのは,人々への接し方によって安心させたからです。穏やかで謙遜な性格だったので,重荷を負う人たちは近づくことができました。ですから,イエスに倣う長老は,会話や助言によって兄弟の重荷を増やすのではなく,軽くするよう努めます。何を言うかと同じほど,どんな愛情を込めて言うかも大切です。

回答 4: 弟子たちはイエスを知り,信頼するようになりました。その信頼は,イエスから受けた愛や気遣いと関係していました。良い牧者は羊を知るだけでなく,羊が自分を知り,そばで安心できるようにしなければなりません。イエスの手本から,他の人をよく世話するには親しさと愛情深い接し方が欠かせないことが分かります。

4,5. ア)マルタとマリアがイエスの助けを期待できたのはなぜですか

ヨハネ 11:5 — イエスはマルタとマリアとラザロを愛していた。

回答 1: マルタとマリアがイエスの助けを期待できたのは,イエスが2人を愛しており,2人がイエスと親しい友情を持っていたからです。記述から,イエスの愛情が3人の兄弟全員に及んでいたことが分かります。それでラザロが死んだ後,2人にはイエスの慰めを期待する理由がありました。この関係から,前もって示された愛があれば,悲しい時に助けを受け入れやすいことが分かります。

回答 2: イエスは2人の家に泊まることが多かったので,マルタとマリアとラザロをよく知っていました。悲劇が起きた時に関係が始まったのではなく,それ以前から親しさと友情があったのです。長老たちが普段から兄弟たちに関心を払う場合も同じです。重大な問題が生じた時,それまでの信頼関係があるので,その人は自分の気持ちを話し,必要な霊的支えを受けやすくなります。

回答 3: イエスがラザロの死を防がなかったので,マルタとマリアは失望していました。それでもイエスの慰めを期待できました。悲しみはイエスとの友情を消し去らなかったからです。このことから,人は深く悲しみ,失望を表しながらも,霊的な助けを必要とし,望むことがあると分かります。良い牧者はその気持ちを理解し,愛情深く近づこうとします。

回答 4: 2人は,イエスが遠い存在ではなく,自分たちを知り,愛してくれる友だと知っていました。この点を長老たちに当てはめると,兄弟たちの良い友であるなら,より容易に助けられるということです。ですから,普段の生活の中で友情を育てる価値があります。そのように築かれた信頼は,慰めや霊的な力が必要な時に特に貴重です。

4,5. イ)イエスは彼女たちを助けるために,何をする用意がありましたか

ヨハネ 11:8 — 弟子たちは言った。「ラビ,ついこの間ユダヤ人たちに石打ちにされそうになったのに,また行くのですか」。

回答 1: イエスは,自分を殺そうとした地域に戻ることをいといませんでした。弟子たちは危険を思い出させましたから,危険のない旅ではありませんでした。それでも友人を助けるために行くことにしました。イエスの手本から,牧者の愛情は良い意図だけにとどまらず,助けるために個人的な犠牲を払うことになっても行動するよう促す,ということが分かります。

回答 2: ベタニヤへの旅には2日ほどかかったことでしょう。イエスはその時間を使い,マルタとマリアのもとに行くために必要な努力を払いました。このことから,人を世話するには短い会話以上のものが必要な場合があると分かります。長老たちは,兄弟たちのために時間を作り,助けるのに時間が必要でもその人の必要を重視することによって,イエスの手本に倣います。

回答 3: 注目すべきなのは,イエスが愛を具体的な助けに変えたことです。その家族を深く愛していたので,旅の困難があっても,特に苦しい時に近づくことにしました。霊的な牧者が学べる点は明らかです。誰かを心配するなら,その人を支える方法を探すはずです。誠実な関心は,行動する用意がある時に明らかになります。

回答 4: イエスは,旅の労苦もその地域に戻る危険も受け入れました。そうした困難のために,友人たちの苦しみを見失うことはありませんでした。この段落は,良い牧者の自己犠牲の精神を強調しています。また,長老たちが行うことを大切にする助けにもなります。彼らの支えの背後には,私たちには見えない時間や個人的な努力があるかもしれないからです。

6. イエスはマルタをどのように慰めましたか

ヨハネ 11:23 — イエスは言った。「あなたの兄弟は生き返ります」。

回答 1: イエスはマルタに具体的な希望を与えることによって慰めました。兄弟の死は最終的なものではないという希望です。イエスは親切に,避けられたかもしれないことだけを考え続けるのではなく,将来に目を向けられるようマルタを助けました。長老たちも,エホバの約束に注意を向けることによってイエスに倣えます。そうすれば,人間の言葉だけに頼る慰めではなく,確かな希望に基づく慰めを与えられます。

回答 2: マルタは自分の気持ちを話し,イエスは関心を持って耳を傾けました。イエスはラザロを復活させられることを知っていましたが,マルタの苦しみを取るに足りないものとは考えませんでした。その辛抱強さも本当の慰めの一部です。悲しんでいる人には,自分の失ったものについて話せることが必要です。長老たちは,エホバの約束によってその人を力づけようとする前に,落ち着いて話を聞くなら大きな助けになります。

回答 3: イエスはまた,神が死を克服する力を与えてくださったことを思い出させ,マルタの信仰を強めました。より良い将来について話しただけでなく,その希望の根拠を信頼できるよう助けたのです。同じように長老たちは,エホバの約束を信頼できる理由を説明できます。そのような助けがあれば,痛みがまだ非常に強い時にも耐えることができます。

回答 4: イエスが親切に耳を傾け,教えたことに心を打たれます。マルタに説明しただけでも,話を聞いただけでもありませんでした。マルタの感情を受け止め,信仰を強めたのです。この組み合わせは牧羊にとても役立ちます。相手を理解すれば思いやりをもって話せますし,エホバの約束を用いれば,希望を抱いて前進し続ける理由を与えられます。

7. ラザロの親族や友人が泣いているのを見て,イエスはどう反応しましたか。(挿絵も参照。)

ヨハネ 11:33,35 — イエスは,マリアが泣き,一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見ると,心の中でうめき,苦悩した。 イエスは涙を流した。

回答 1: イエスはマリアと一緒にいた人たちの苦しみに深く心を動かされ,ついには涙を流しました。他の人の悲しみを遠くから見ていたのではなく,共に感じたのです。その反応から,良い牧者には共感が必要だと分かります。慰めるには事実を理解するだけでは不十分で,相手が何を感じているかに心から関心を払う必要があります。

回答 2: イエスはラザロを復活させることになっていましたが,親族や友人が苦しんでいるのを見て心を動かされました。解決策を知っていたからといって,その苦しみを共に感じなかったわけではありません。これは非常に役立つ教訓です。復活への確信があっても,死別の痛みがなくなるわけではありません。長老たちは,その悲しみを尊重し,悲嘆している人に優しく寄り添うなら,イエスに倣えます。

回答 3: イエスの涙を見て,そこにいた人たちは,イエスがラザロをどれほど愛していたかを感じ取りました。その反応から,誰もが認められる愛情が伝わりました。同じように,長老が共感を示すなら,兄弟は冷たく機械的な対応を受けているのではないと感じます。自分の痛みが大切にされていると分かると,より支えられていると感じ,霊的な慰めを受け入れやすくなります。

回答 4: 挿絵を見ると,イエスがマルタやマリア,そしてほかの人たちと悲しみを共有していることに気付きます。周囲の苦しみに無関心な様子ではありません。これはこの段落の教訓をよく要約しています。良い牧者は兄弟たちの身になって考えようとします。何を言うか考える前に,自分がその状況ならどう感じ,どんな接し方を必要とするかを考えられます。

8. イエスは天に戻った後も羊が十分に世話されるよう,どのようにしましたか

ペテロ第一 5:1-2 — 私は長老として,またキリストの苦しみの証人,やがて明らかにされる栄光を共に受ける者として,同じ長老の皆さんに勧めます。 皆さんに委ねられた神の羊の群れを世話してください。強いられてではなく,神の前で進んで監督として奉仕し,不当な利益を得ようとしてではなく,真剣な態度で世話しましょう。

回答 1: イエスは使徒たちに群れを世話する責任を託しました。ペテロはその任務を非常に真剣に受け止め,後に他の長老たちにもその働きを続けるよう勧めました。そのようにして,羊たちは世話を受け続けました。この聖句は,その世話が義務を果たすためだけでなく,進んで行われるべきことも示しています。

回答 2: 復活した後,イエスはペテロに,そしてペテロを通して他の使徒たちにも,羊を養い牧するよう命じました。こうして,イエスが天に戻った後も群れが放置されないようにしました。このことから,牧羊が会衆の中で重要な位置を占めていることが分かります。イエス自身が,弟子たちの幸福のためにそれを必要なものと考えたのです。

回答 3: イエスは責任を与えただけでなく,それを果たす方法も示しました。使徒たちは,イエスが人々を愛をもって扱い,必要を知り,苦しむ人を慰める様子を見ていました。そのため,群れを世話するための明確な手本がありました。今日の長老たちもイエスの手本に注意を払う必要があります。上手に牧羊するには,一人一人に対するイエスの愛情深い接し方を反映する必要があるからです。

回答 4: イエスが羊について愛情深く語ったことは,羊が自分にとってどれほど大切かをペテロが理解する助けになりました。何年も後,ペテロは羊を世話することの重要性を心に留め続け,その責任を他の長老たちにも伝えました。ここから,牧羊を人間味のない仕方で行ってはならないことが分かります。世話を受ける兄弟一人一人は,イエスが愛し,価値ある存在と見ている人なのです。

9. 長老たちには大きな責任があると言えるのはなぜですか。(使徒 20:28)

使徒 20:28 — 自分自身と群れ全体に注意を払ってください。神が聖なる力によって皆さんを群れの監督に任命しました。神の会衆を牧者として世話するためであり,その会衆を神は自分の子の血によって買い取ったのです。

回答 1: 長老たちの責任が非常に大きいのは,エホバがとても大切に思っている会衆を世話するからです。その会衆のために支払われた代価は,エホバの子の血でした。ですから,どの兄弟も不注意な世話を受けるに値する人ではありません。羊が誰のもので,どれほど価値があるかを思い出すなら,長老たちは牧羊を神聖な務めとして真剣に受け止められます。

回答 2: 長老たちは,悲しんでいる人を慰め,弱い人を強め,気落ちしている人を励ますなど,非常に繊細な必要に対処しなければなりません。組織上の問題を解決するだけでは不十分です。非常に苦しい時期を経験しているかもしれない人たちを助けているのです。それで,その人たちを理解し,状況に合った適切な霊的援助を与えるための特質や技術を身に付ける必要があります。

回答 3: デービッドは,自分の働きを,イエスから羊の世話を助けるよう招かれたものと考えています。このように牧羊を理解すると,兄弟たちが長老の所有物ではないことがはっきりします。長老は兄弟たちの世話に協力する特権を与えられているのです。その考えを心に留めるなら,責任を個人的な重要性を示す立場と見るのではなく,謙遜で敬意のこもった愛情深い接し方ができます。

回答 4: 長老が時々,ある問題に対処する十分な能力がないと感じるのは理解できます。しかし段落は,エホバが力を与えてくださることを思い出させています。同時に,長老自身も特質や技術を向上させる努力をする必要があります。この2つは補い合います。エホバの助けを信頼しながら学び続けるのです。そうすれば,自分の能力だけに頼ることなく責任に立ち向かえます。

10. 羊を上手に世話するために,長老は何をすべきですか。(格言 27:23と注記)

格言 27:23 — 自分の羊の群れの様子をよく知っておくべきである。羊をよく世話しなさい。

回答 1: 世話を受けている兄弟たちをよく知る必要があります。この格言の原則は,群れを世話するにはその状態に注意を払う必要があることを示しています。会衆に当てはめると,兄弟たちの状態や直面している問題に関心を払うということです。そのような知識があれば,皆が同じ助言や同じ励ましを必要としていると決め付けるのではなく,一人一人に合った援助を与えられます。

回答 2: 羊を知るには平衡も必要です。段落が思い出させている通り,長老たちは兄弟たちのプライバシーを尊重しなければなりません。関心を払うことは,干渉したり何もかも知ろうとしたりすることではありません。むしろ,信頼できる雰囲気を作り,助けるために必要なことを理解するという意味です。そのような敬意があれば,霊的な世話はプライバシーへの侵入ではなく,愛情の表れだと感じられます。

回答 3: デービッドは,兄弟たちをよく知る実際的な理由を強調しています。そうすれば,その人たちを最も助ける聖句を選べるからです。何を心配しているかを知らなければ,言葉は正しくても,主な必要に答えられないかもしれません。それで,困難をまず理解することは,よい準備の一部です。目標は聖句を1つ伝えることだけでなく,時宜にかなった援助を与えることです。

回答 4: 長老は,一般的な印象だけに頼らず,兄弟一人一人の実際の状況に関心を払う必要があります。段落は,この知識と上手に世話する能力を結び付けています。表面には見えない個人的な問題があるかもしれません。それを理解すれば,いっそう思いやりをもって接することができます。私たちも,長老たちの敬意のこもった関心を受け入れ,もっとよく知ってもらうようにしたいと思います。

11. 長老たちが兄弟たちの話を関心を持って聞くなら,どんな益がありますか

ヤコブ 1:19 — 私の愛する兄弟たち,覚えておいてください。皆が,人の言うことに進んで耳を傾けるべきです。すぐに話したり,すぐに怒ったりしてはなりません。

回答 1: 長老は答える前に,兄弟が何を必要としているかをよりよく理解できます。ヤコブは,まずよく聞くことの大切さを強調しています。牧羊訪問の会話でそうするなら,早合点を避けられます。また兄弟は,自分の言葉が大切にされ,事情や気持ちを考えずに用意された答えを与えられているのではないと感じます。

回答 2: キャサリンは,長老たちが思いやり深く質問し,彼女の話に注意を払ったので,大切にされ愛されていると感じました。彼女に必要だったのは情報だけではありません。夫に去られた後,苦しんでいたのです。長老たちが理解しようと努めたこと自体が助けになりました。真の関心を示して聞くなら,聖書から助言する前であっても愛を伝えられる,ということをこの経験は示しています。

回答 3: その会話によってキャサリンは,エホバが自分も娘たちも見捨てていないことを思い出せました。これは非常に大きな益です。長老たちの気遣いによって,エホバが世話してくださるという信頼が強まったのです。ですから,聞くことは牧羊の二次的な段階ではありません。共感を込めて行うなら,苦悩している人が独りではなく,霊的に支えられていると感じるよう助けられます。

12. 長老たちは牧羊訪問で,どのように聖書を巧みに使えますか

テトス 1:7,9 — 監督は,神の家の管理人ですから,非難されるところがあってはならず,意地を張らず,すぐに怒らず,酩酊せず,暴力を振るわず,貪欲に不当な利益を得ようとすべきではありません。 神の信頼できる言葉にしっかり従った教え方をしなければなりません。そうすれば,健全な教えによって励ますことも,逆らう人を戒めることもできるでしょう。

回答 1: 聖書に基づいて教え,兄弟の必要に応じた聖句を選ぶなら,聖書を巧みに使えます。テトスは,神の言葉に忠実であることと励ます能力を結び付けています。ですから訪問の目的は個人的な意見を述べることではなく,聖書の教えによってその人を助けることです。

回答 2: まず,兄弟がどんな問題に直面しているかを理解する必要があります。それから,状況に合う聖書の原則や記述を選べます。アンドリューはそのようにしていると説明しています。聖書を上手に使うとは,多くの聖句を読むことではなく,最も適切なものを選ぶことです。よく選んだ聖句は,エホバがどのように導き慰めているかをはっきり理解する助けになります。

回答 3: 「クリスチャンとして生活するための聖句」の本を使って訪問の準備もできます。段落に出てくる長老たちは,具体的な必要に関連する聖句をそこから見つけています。その準備により,本当に役立つ考えを持って訪問できます。この出版物は聖書からの助けを探すのに便利ですが,大切なのは,神の言葉が兄弟の経験している事柄にどう答えるかを示すことです。

回答 4: エリフは,不安,心配,失望,落胆といった感情に注意を払います。それで訪問の準備の際に適切な聖句を探せます。これは重要です。似た状況にいても,感じ方は人によって異なるからです。熟練した牧者は,何が起きたかだけでなく,兄弟がそれをどう感じているかも理解し,よりよく慰めようとします。

回答 5: キャサリンの経験から,よく選ばれた聖句は訪問後も長く助けになることが分かります。彼女と娘たちは,長老が示した聖句を何度も読み,とてもつらい時に慰めを得ました。これは牧者が注意深く聖句を選ぶ励みになります。兄弟が必要な時に繰り返し頼れる聖書からの助けを残すことが目的です。

13. 牧者が近づきやすいことを,どのように示せますか(写真と囲み「あなたたちは皆,兄弟です」も参照)

ルカ 18:15-16 — さて,イエスに触れてもらうために,人々が幼児たちも連れてきたが,弟子たちはそれを見て人々を𠮟りつけ始めた。 しかし,イエスは幼児たちを自分のもとに呼んで,言った。「子供たちを私の所に来させなさい。止めようとしてはなりません。神の王国はこの子供たちのような人のものだからです。

回答 1: あらゆる年齢の人が歓迎されていると感じるようにすることで示します。イエスは忙しかったものの,子供たちが近づくことを望みました。長老も若い人にも年長の人にも注意を払ってイエスに倣います。そうすれば,忙しいことは兄弟たちを迷惑に思っているという意味ではないと示せます。

回答 2: 近づきやすい牧者は,集会の前後の短い会話を活用して兄弟に関心を示します。ローレンは,普段から元気か尋ね,助けを申し出てくれる長老には近づきやすいと説明しています。このような小さな接触には大きな価値があります。深刻な問題が生じた時,話を聞き支えてくれる人がいると分かっているからです。

回答 3: 写真には,長老とその家族が友人たちとゲームを楽しみ,その後,王国会館で姉妹と娘と話している様子が示されています。信頼は一緒に時間を過ごすことによっても育つ,という点が強調されています。近づきやすいとは,いつでも応じると言うだけではありません。兄弟が安心して近づき,必要な時に支援を求められる友情を築くことです。

14. ヨハネの経験から何を学べますか

ヨハネ 13:35 — あなたたちの間に愛があれば,全ての人は,あなたたちが私の弟子であることを知ります」。

回答 1: 誰かを霊的に助けるには愛が欠かせない,ということを学べます。イエスは愛を弟子たちの特徴として示し,ヨハネは長老の接し方によってそれを経験しました。その愛情があったので,ヨハネは研究と集会への出席を続けられました。牧羊では正しい教えを伝えるだけでなく,本当に愛されていると感じてもらう必要があります。

回答 2: ヨハネの経験は忍耐の価値を示しています。研究を始めた時,感情面でも霊的にも浮き沈みがありましたが,愛情深く接する長老がいました。その支えによって前進できました。牧者はその時の問題だけに目を向けるべきではありません。愛と忍耐によって,その人がエホバに近づき続けるよう助けられます。

回答 3: 長老の接し方により,ヨハネはエホバからどう見られているかを理解できました。これは牧羊の非常に価値ある成果です。世話をしてくれた兄弟に感謝するだけでなく,神の愛をいっそう感じ取れるようになるのです。ヨハネの場合,それによって諦めない決意が強まりました。牧者の誠実な愛情は,苦闘している人を大いに助けます。

15. 兄弟たちを牧羊するなら,どんな報いがありますか(使徒 20:31,35)

使徒 20:31,35 — ですから,目覚めていなさい。そして,私が3年間,昼も夜も,涙を流して皆さん一人一人を訓戒し続けたことを忘れないでください。 私は,このように真面目に働いて,弱い人たちを援助しなければならないこと,また,主イエス自身が述べた『受けるより与える方が幸福である』という言葉を覚えておかなければならないことを,あらゆる点で皆さんに示しました」。

回答 1: 報いの1つは,他の人のために自分を差し出すことから得られる幸福です。パウロは兄弟たちを世話するため多くの努力を払いましたが,与える喜びを強調しました。犠牲と幸福は相反しません。牧羊は大変でも,誰かを助けることは深い満足をもたらします。

回答 2: ハビエルは,牧羊によって自分の信仰が強くなったと説明しています。兄弟を訪問すると,エホバが愛し従う人たちを気に掛けていることを確信できます。霊的な助けは双方の益になります。兄弟は励まされ,長老もエホバの世話を見,愛の奉仕に参加することで強められます。

回答 3: ハビエルが挙げる別の報いは,エホバへの愛が深まったことです。羊を世話すると,神が一匹一匹に示す関心をいっそう理解できます。牧羊は他の人のためだけの仕事ではなく,長老自身をエホバに近づけるものでもあります。この奉仕によって神の愛をより深く理解し,大切にできます。

回答 4: この段落は現実的な見方を示しています。兄弟への心配は非常に強く,パウロの場合のように眠れなくなることさえあります。それでも牧羊に喜びがないという意味ではありません。愛する人に価値ある助けを与えることが報いです。努力と満足の両方を認めるなら,会衆のために長老たちが行うことへの感謝が深まります。

16. パウロはなぜ自分を母親に例えましたか

テサロニケ第一 2:7-8 — 乳児を優しく世話する母親のように,穏やかに皆さんに接しました。 私たちは優しい愛情を抱き,皆さんに神の良い知らせを伝えるだけでなく自分たち自身を与えたいと思いました。皆さんを深く愛するようになったからです。

回答 1: 母親に例えられたのは,テサロニケの人たちに優しく接し,彼らのために自分自身を与える覚悟があったからです。パウロの働きは,ただ教えることだけではありませんでした。彼らを深く愛するようになっていたのです。この例えは,長老たちに,良い牧羊には霊的な教えだけでなく,心からの愛情と個人的な気遣いも必要だということを思い起こさせます。

回答 2: 母親は赤ちゃんを愛しているので,そのために多くの犠牲を払います。パウロもテサロニケの兄弟たちに同じような愛情を抱いていました。この例えは,良い牧者の動機を際立たせています。責任があるから助けるのではなく,人々を大切に思っているから助けるのです。長老たちがそのような愛を育てるなら,単に務めを果たす以上の優しさをもって群れを世話できます。

回答 3: この例えには,愛する人の成長を見る喜びも含まれています。母親が子供の成長を喜ぶように,パウロもテサロニケの人たちの霊的な進歩を見て大いに喜びました。兄弟が信仰を強めたり,クリスチャンの人格を培ったりするのを見ることは,長老にとって大きな報いになります。その成長を見ると,助けるために払った努力には大きな価値があったと感じます。

回答 4: ミゲルとフアンの経験は,その喜びをよく示しています。ミゲルはフアンがクリスチャンの人格を培うのを助けることを楽しみ,後にフアンが長老になった時には大きな誇りを感じました。フアンが経験した困難だけでなく,どれほど進歩したかも見ることができたのです。これは,愛をもって誰かの霊的な成長に寄り添うことから得られる満足感を示しています。

17. 牧者たちのどんな働きに特に感謝していますか

テサロニケ第一 5:12-13 — 兄弟たち,次のことをお願いします。皆さんの中で一生懸命に働き,主に仕えつつ皆さんを監督し助言を与えている人たちに,敬意を払ってください。 そして,よく働いているその人たちに愛と深い思いやりを示してください。誰とでも平和な関係でいるようにしましょう。

回答 1: 私たちを霊的に世話するために払ってくださっている努力に感謝しています。この聖句は,長老たちの働きを高く評価し,愛をもって接するよう励ましています。助言や訪問は目に入っても,その背後にある全ての努力までは見えないことがあります。それを思い出すと,長老たちの奉仕を当然のものと考えず,してくださっていることに感謝を伝えたいと思います。

回答 2: 特に,指示を与えるだけでなく,私たちの話を聞き,慰めようとしてくださることをありがたく思います。落胆している時や大切な人を失った時には,自分が大切にされていると感じる必要があります。イエスに倣う長老たちは,そうした気持ちを理解し,エホバへの信頼を強めるよう努力します。共感と聖書に基づく助けを組み合わせてくださることは,会衆を世話してくださることに感謝する重要な理由です。

回答 3: イエスに倣い,牧者として向上し続けようとしてくださることに感謝しています。その働きには,愛,辛抱強さ,時間,そして聖書を上手に用いる能力が必要です。簡単な責任ではありません。それでも長老たちは,私たちに助言し,力づけ,慰めようと努力してくださいます。記事は,長老たちがエホバにとって非常に貴重だと述べていますが,私たちにとっても同じです。そのことを考えると,長老たちの助けを感謝して受け入れたいという気持ちになります。

なぜイエスは「私は立派な牧者です」と言えましたか

ルカ 18:15-16 — さて,イエスに触れてもらうために,人々が幼児たちも連れてきたが,弟子たちはそれを見て人々を𠮟りつけ始めた。 しかし,イエスは幼児たちを自分のもとに呼んで,言った。「子供たちを私の所に来させなさい。止めようとしてはなりません。神の王国はこの子供たちのような人のものだからです。

回答 1: イエスが立派な牧者だと言えた理由の1つは,近づきやすく,幼い子供たちにも優しく接したことです。記録によると,イエスは子供たちが自分のもとに来ることを望んでいました。これは立派な牧羊の一面でした。人々を遠ざけなかったのです。イエスの手本は,長老たちが年齢に関係なく全ての人のために時間を取り,近づきやすい者となるよう教えています。

回答 2: イエスがそう言えたのは,羊を深く愛し,羊のために命をなげうったからです。それは,羊の幸福をどれほど大切に思っていたかを示す最大の証拠でした。イエスの手本から,真の牧羊は愛と自己犠牲の精神に基づくことが分かります。自分の快適さや評価を求めるのではなく,他の人のために自分を進んで与えることなのです。

回答 3: イエスは羊をよく知り,必要な助けを与えたという点でも立派な牧者でした。マルタの場合,その悲しみを聞いて希望を強めました。マリアや他の人たちが泣いているのを見た時には,悲しみを共にしました。このように,慰めるには感情と信仰の両方に注意を払う必要があることを示しました。人々を冷たく,事務的に扱ったのではありません。

回答 4: イエスの世話は,地上で弟子たちと過ごした期間に限られませんでした。復活した後,弟子たちに群れを引き続き世話する務めを与えました。これは,羊の将来の幸福をどれほど気に掛けていたかを示しています。愛の手本を示しただけでなく,自分が天に戻った後も羊が霊的な食物と世話を受け続けられるよう取り計らったのです。

より良い牧者となるために,長老はどんな特質や能力を培う必要がありますか

ヨハネ 13:35 — あなたたちの間に愛があれば,全ての人は,あなたたちが私の弟子であることを知ります」。

回答 1: 何よりもまず,兄弟たちへの心からの愛を培う必要があります。イエスは,愛が弟子たちを見分けるしるしになると説明しました。そのような愛は牧者に不可欠です。フアンの経験から分かるように,長老が愛と辛抱強さを示すなら,浮き沈みを経験している人を大いに助けられます。愛があるなら,助言や会話,あらゆる霊的な世話にふさわしい温かさが生まれます。

回答 2: 兄弟たちをよく知り,個人的な事柄を尊重しながら,関心をもって話を聞くことを学ぶ必要があります。そうした能力があれば,何を心配しているのか,どんな気持ちなのかを理解できます。また,若い人も年配の人も安心して近づけるよう,近づきやすい人でなければなりません。そうすれば,深刻な問題が起きた時だけ助けるのではなく,すでに培われた友情を基盤に助けることができます。

回答 3: もう1つの重要な能力は,最も適切な聖句を選び,説明することです。長老は,聞いたことを,その兄弟の必要に本当に応える原則や聖書の記述と結び付ける必要があります。そのために,「クリスチャンとして生活するための聖句集」などの出版物を使って準備できます。そうすれば,個人的な関心と確かな霊的助けを組み合わせ,エホバとその約束に注意を向けることができます。

兄弟たちを牧羊する長老たちはどんな報いを受けますか

使徒 20:31,35 — ですから,目覚めていなさい。そして,私が3年間,昼も夜も,涙を流して皆さん一人一人を訓戒し続けたことを忘れないでください。 私は,このように真面目に働いて,弱い人たちを援助しなければならないこと,また,主イエス自身が述べた『受けるより与える方が幸福である』という言葉を覚えておかなければならないことを,あらゆる点で皆さんに示しました」。

回答 1: 他の人を助けることから生じる喜びを味わいます。パウロは牧羊に伴う努力や心配を知っていましたが,そこから得られる幸福も知っていました。長老たちは,兄弟を強めるために時間とエネルギーを使う時,その満足感を味わいます。働きが大変でも,愛があるなら,その努力には大きな意味があります。

回答 2: 牧羊は,長老自身の信仰を強め,エホバへの愛を深めることにもなります。兄弟たちを訪問すると,神が彼らをどれほど気に掛けているかをよりよく理解できる,とハビエルは説明しています。ですから,長老は励ますだけの人ではありません。自分も励まされることがあります。群れを世話することに参加すると,エホバの愛を高く評価し,エホバを信頼する理由がいっそう増えます。

回答 3: 別の報いは,助けている人たちの霊的な進歩を見ることです。パウロはテサロニケの人たちの成長を見て喜びました。ミゲルも,フアンがクリスチャンの人格を培い,長老になるのを見て喜びました。その満足感は,母親が子供の成長を見る時の喜びに似ています。愛があるなら,他の人の進歩も自分自身の喜びになります。

回答 4: 忠実な牧者たちは,エホバと会衆からの感謝も受けます。記事は,助言し,力づけ,慰めるために努力している長老たちがどれほど貴重かを強調して結んでいます。感謝されることが奉仕の動機なのではありませんが,その働きが大切であることを示しています。私たちも,長老たちに愛を示し,心からその世話に感謝することによって,長老たちの喜びに貢献できます。

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