エホバに喜ばれるよう良心を引き続き教育する
1. 良心とは何ですか。良心はエホバに喜ばれるためにどのように役立ちますか。
ローマ 2:14-15 — 律法を持たない異国の人々も,律法にある事柄を生まれつき行えます。律法を持っていませんが,自分自身が律法のようなものです。 彼らこそ,律法の内容が心に書かれていることを証明しています。彼らの良心が彼らと共に語り,彼らは自分の考えによって非難されたり弁護されたりしているのです。
回答 1: この聖句は,私たち自身の考えが,自分の行いを是認したり非難したりできることを示しています。それが良心です。エホバは私たちを助けるために良心を与えてくださいました。しかし,良心の指示がエホバの考え方と一致するよう,聖書によって教育しなければなりません。
回答 2: 良心とは,自分の考えや行動を調べ,それが正しいか間違っているかを判断する能力です。ある決定によって自分が気楽に感じるかどうかを尋ねるだけでは不十分です。その能力を,エホバが正しいと考える事柄に従って教育する必要があります。そうすれば,選択をしなければならない時,良心は自分の欲望や他の人の行動だけに導かれるのではなく,エホバの意志を考慮するよう助けてくれます。
回答 3: エホバが自分の行動を評価するための助けを与えてくださったことは,本当に価値のあることだと思います。よく教育された良心があれば,エホバに喜ばれる決定と,エホバとの友情を損なう恐れのある決定を見分けることができます。しかしこの段落は,悪い影響によって良心が弱くなることも思い出させています。ですから,聖書によって良心を教育し続けることと,善悪についての感覚をゆがめるものから良心を守ることの2つが必要です。
2. 良心は私たちを何へと動かしますか。
ローマ 12:9 — 皆さんの愛に偽善があってはなりません。悪いことは憎悪し,善いことにはしっかりと付きましょう。
回答 1: ローマ 12:9から,良い良心は間違ったことを認めるだけのものではないと分かります。間違ったことを退け,エホバが認めることを選ぶよう動かしてくれます。ですから,良心を教育することは,意見だけでなく行動にも影響を与えるはずです。間違っていることに気付いたなら,その警告に応じ,自分が良いと知っていることに従って行動することが大切です。
回答 2: 悪いことを行う前に避けるよう動かしてくれます。良心について,間違いを犯した後に気分を悪くさせるものだとだけ考えることがあるかもしれません。しかしこの段落は,良心が事前に導くことも強調しています。良心の警告に注意を払い,よく教育されているなら,間違った行いから離れ,エホバとの友情を守る助けになります。
回答 3: 良い良心は,正しいことを行うようにも動かします。禁止事項のリストを避けるだけではなく,エホバが望む通りに行動したいと思うことが大切です。この積極的な面は重要です。決定をする時,学んだエホバの考えに最もよく合う選択肢はどれかを考えられます。そうするなら,エホバに喜ばれたいと思っていること,そして良心に本当に行動を左右させていることを示せます。
3,4. a) 良心と火災報知器にはどんな類似点と相違点がありますか。(画像も参照。)
ヤコブ 1:14-15 — 人はそれぞれ,自分の欲望に引かれて惑わされることにより,試されるのです。 欲望は膨れ上がった時に罪を生みます。そして,罪は犯された時に死をもたらします。
回答 1: どちらも危険を知らせますが,良心は悪いことをする前に警告してくれます。ヤコブは,間違った欲望がどのように罪につながるかを説明しています。聖書によって教育された良心は,その危険を初めの段階で認識し,エホバとの友情を損なう前に立ち止まるよう助けてくれます。
回答 2: 画像では,男性が警報を聞き,その後オーブンから煙が出ているのを見ています。煙が出てから火災報知器が知らせています。一方,良心は悪い行いをする前に警告できます。この違いによって,良心は非常に価値ある保護となります。聖書によって教育されていれば,小さく見える行動でも重大な罪につながる恐れがあることを見分ける助けになります。
回答 3: この比較は,警告に注意を払うことの大切さを強調しています。火災報知器は危険を知らせますし,良心もそうすることができます。しかし,罪を犯してから良心の声を聞こうとするのはよくありません。聖書の原則に基づく警告を感じる状況に遭ったなら,それを真剣に受け止めるべきです。エホバは,後で害を認めるだけでなく,害を避ける助けとなる能力を与えてくださっています。
3,4. b) 仮定の状況を挙げて,良心がどのように私たちを守るか説明してください。
回答 1: 記事では,引っ越して友達を作りたいと思っている若い兄弟の例が挙げられています。その兄弟は会衆の他の若者たちからの招待を受け入れますが,着いてみると,何人かが飲み過ぎ,エホバの規準を尊重していません。良心がよく教育されていれば,そうした交友が自分にとって良くないことを認めるでしょう。そうすれば,やがて重大な罪を犯すことにつながりかねない影響を避けられます。
回答 2: この仮定の状況で,若者が友達を持ちたいと思うのは理解できます。しかし良心は,その願いをエホバとの友情より重視しないよう助けます。社交の集まりで起きていることを見て,その若者たちの行動を評価する必要があると気付きます。ここから学べるのは,仲間に合わせたいと思うだけでは不十分で,エホバの規準を尊重する友達を選ぶ必要があるということです。
回答 3: 若者を守るのは,他の人たちの行動に倣う前に警告に耳を傾けることです。飲み過ぎたり重大な罪を犯したりするまで危険に気付かない必要はありません。聖書によって教育された良心があれば,そうした交友がどこに導くかを見通せます。悪い影響の最初の兆候が現れた時に行動し,すでに害を受けるまで待たないことを学べます。
5,6. エホバに従うために,アダムとエバは何をする必要がありましたか。
イザヤ 33:22 — エホバは私たちを裁く方,エホバは私たちのために法を定める方,エホバは私たちの王。私たちを救ってくださる方である。
回答 1: エホバには何が正しく何が間違っているかを定める権利がある,と認める必要がありました。イザヤ 33:22は,エホバに法律を与える権威があることを強調しています。ですから,木に関する禁止命令は,アダムとエバが自分たちの好みに合わせて変えられるものではありませんでした。従うには,個人的な欲望や命令に反する提案よりもエホバの基準を優先する必要がありました。
回答 2: エバは蛇の話を聞き続けることを拒むべきでした。エホバの禁止命令を知っていて,実を食べるのが間違っていることも分かっていました。しかしその命令に反することを退ける代わりに,蛇に影響されるままになりました。私たちへの教訓は明らかです。エホバが何を求めているかをすでに知っているなら,従わない方が得になると思わせようとする理屈を受け入れてはなりません。
回答 3: アダムとエバは,すでに知っていたことに従って行動する必要がありました。問題は,木について明確な指示がなかったことではありません。エホバはしてはいけないことを説明していました。ですから,従うには良心の声を聞き,定められた限界内にとどまる必要がありました。これは,聖書の規準を知っているだけでは十分でなく,誘惑が生じてもその知識に行動を決めさせなければならないことを思い出させます。
回答 4: 従うために,2人は自分の欲望よりもエホバに喜ばれることを優先しなければなりませんでした。記事の後半で説明されているように,エバは貪欲や誇りに屈したようです。一方アダムは利己的に行動しました。彼らの例から,自分の動機を調べることができます。良心に守ってもらいたいなら,欲しいものがエホバの求めることを行うより重要に思えるようにしてはなりません。
7. エフェソス 5:15-17から何を学べますか
エフェソス 5:15-17 — それで,自分の歩み方をしっかり見守りましょう。賢くない人ではなく賢い人のように歩み, 時間を有効に使ってください。今は悪い時代だからです。 もう無分別なことをしてはなりません。いつでも,エホバが何を望んでいるかを見極めましょう。
回答 1: 自分の行動について注意深く考え,エホバが何を望んでいるかを理解するよう努力しなければならない,ということを教えています。明確な規則が見つからないからといって,どんな決定でもエホバに喜ばれるという意味ではありません。エホバの意志を理解するのに役立つ原則を探す必要があります。
回答 2: この段落は,エホバが明確な規則を与えている場合と,特定の法律がない場合という2つの状況を区別しています。後者の場合でも,エホバに喜ばれることは重要です。ですから,聖書の原則に基づいて推論するのを助ける,教育された良心が必要です。何かが禁じられているかどうかだけを尋ねるのではなく,その決定がエホバの物の見方を反映しているかどうかを考えるとよいでしょう。
回答 3: エホバの意志を理解するには,私たちの側の努力が必要です。今直面している状況を正確に説明する指示がいつも見つかるとは限りません。しかし,エホバの考え方について聖書が教えていることを調べることはできます。その後,良心がその知識を当てはめるのを助けてくれます。そのようにして,その時の衝動や自分にとって一番楽なことに流されるのではなく,よく考えた上で決定できます。
8. 同じ問題について2人のクリスチャンが異なる決定をしても,良心にやましいところがないのはなぜですか
回答 1: 特定の聖書の規則がない場合,さまざまな要素が関係することがあるからです。段落では,動機,意図,地元の文化が挙げられています。2人のクリスチャンがそうした要素を分析し,エホバに背くことなく異なる決定をすることもあります。大切なのは,2人とも聖書の原則を尊重していることを確かめることです。ですから,決定が違うというだけで,どちらか一方が正しく,もう一方が間違っているとは限りません。
回答 2: 良心にやましいところがないということは,単に各自が自分の好きなようにするという意味ではありません。2人とも,自分の決定が聖書の原則と調和していることを確かめなければなりません。状況が異なっていても,それが共通の土台です。このことは,個人の良心を尊重しながらも,私たち全てが聖書によって良心を教育し,エホバに喜ばれたいという誠実な願いを持つ必要がある,というバランスを保つ助けになります。
回答 3: この段落は,自分の個人的な決定を他の人の規則にしないよう助けてくれます。別の兄弟には,私たちとは異なる動機や事情があるかもしれません。2人とも聖書の原則を尊重しているなら,エホバは2人を喜ばれるでしょう。良心が関係する事柄で大切なのは,全員が全く同じものを選ぶことではなく,一人一人がエホバの意志に沿って行動するよう努力することです。
9. 2人の兄弟は,乾杯について決定する際,ガラテア 6:4をどのように当てはめますか。(写真も参照。)
ガラテア 6:4 — 一人一人,自分の行いについてよく考えましょう。そうすれば,人と比べて喜ぶのではなく,自分自身のことを喜べます。
回答 1: 2人とも比較によって決めるのではなく,自分自身の状況を調べます。1人は,社交的な場で会社の成果を祝うために参加します。もう1人は,上司の国家主義的な発言が自分の中立を危うくするため,参加しません。異なる決定をしますが,2人ともエホバに喜ばれようとしています。このようにして,自分の行動とその背後にある動機を個人的に評価するという原則を当てはめています。
回答 2: 最初の兄弟は,その具体的な状況で乾杯がどんな意味を持つかを考慮します。彼が住んでいる地域では,それは社交上の習慣であり,礼儀正しさの表れです。また,同僚たちは会社の成果を祝っています。それで,参加することにします。この例は,どんな乾杯でも一般的に許されるということではなく,状況を分析し,その決定が聖書の原則を尊重していることを確かめる大切さを示しています。
回答 3: 2人目の兄弟は,状況を変える要素に気付きます。上司が国家主義的な発言をしたのです。画像にも,上司が旗を指し示している様子が描かれています。それで,政治的な中立を危うくしたくないので,杯を上げないことにします。この決定から,社交上の習慣は事情に応じて評価しなければならないことが分かります。普段行われているかどうかだけでなく,参加することによって自分が何を表明することになるかを考えなければなりません。
10,11. ヘブライ 5:13,14によると,「固い食物」と良心にはどんな関係がありますか
ヘブライ 5:13-14 — いまだに乳を飲んでいる人は皆,幼い子供であり,神の正しい言葉をよく理解していません。 一方,固い食物は,十分に成長した人のためのものです。そのような人は,使うことによって識別力を訓練したので,正しいことも悪いことも見分けることができます。
回答 1: 固い食物は良心を教育する助けになります。それには,深い聖書の真理と,自分の行動を評価するのに必要な原則が含まれます。それらを学んで当てはめるなら,エホバに喜ばれる決定をするために必要な識別力を身に付けられます。
回答 2: これらの節には「良心」という言葉は出てきませんが,良心と密接に関係する働き,つまり正しいことと間違ったことを見分けることを学ぶことが説明されています。ですから,深い霊的食物は単なる興味深い情報ではありません。考え方や決定の仕方に影響を与えるものでなければなりません。それを十分に活用するなら,エホバの見方をよく理解し,それを使って自分の行動を導けるようになります。
回答 3: 聖書の原則は,その固い食物の一部です。何をすべきかを正確に示す規則がない時には,特に必要になります。そのような場合,各クリスチャンは自分の状況に関係する原則を見つけ,それを分析して決定しなければなりません。そのためには,規則を思い出すだけでは不十分です。エホバがどのように考えるかを理解し,その理解によって良心を教育し,エホバに喜ばれる仕方で行動できるようにする必要があります。
回答 4: この関係から,良心を教育するには深く学ぶ必要があることも分かります。表面的な知識だけで満足しているなら,新しい状況が生じた時に推論するのが難しくなります。一方,聖書の真理と原則を深く掘り下げるなら,決定するためのより確かな土台を持てます。目標は知識を蓄えることではなく,それを活用して,どんな行動がエホバの意志に沿っているかを見分けることです。
12. ヘブライ 5:14にある「十分に成長した人」や「使うことによって」という表現にはどんな意味がありますか
ヘブライ 5:14 — 一方,固い食物は,十分に成長した人のためのものです。そのような人は,使うことによって識別力を訓練したので,正しいことも悪いことも見分けることができます。
回答 1: 十分に成長した人とは,聖書の原則に沿って良心を教育し,エホバの考え方をよく知っている人です。「使うことによって」とは,決定をする際にその原則を繰り返し当てはめることです。ですから,成熟しているかどうかは,知識の量だけでなく,その知識をどのように使って行動を導き,エホバの気持ちを考慮しているかによって示されます。
回答 2: 成熟した人になるには,エホバの性格をよく知る必要があります。その知識があれば,エホバが決定をどう見るか,また自分の行動がエホバとの関係にどんな影響を与えるかを予測できます。それで,成熟した人は行動する前に聖書の原則を考慮します。主な問いは,単に何かが自分に都合がよいかどうかではなく,その決定がエホバとその考え方に対する敬意を表しているかどうかです。
回答 3: 「使うことによって」という表現は,この訓練が継続的なものであることを強調しています。原則を一度当てはめただけで良心を教育できるわけではありません。聖書に照らして決定を分析し,それに沿って行動するたびに,識別力を訓練し続けることになります。やがて,正しいことと間違ったことをよりよく見分けられるようになります。ですから,私たちがする決定は,良心を強化し続ける機会なのです。
13. 聖書の原則に沿って良心を育てないなら,どんなことが起きるかもしれませんか?
イザヤ 5:20 — 善を悪と言い,悪を善と言う人たち,闇を光とし,光を闇とする人たち,苦いものを甘いとし,甘いものを苦いとする人たちには災いがある!
回答 1: 善と悪の判断が逆転し,エホバが非難していることを是認するようになるかもしれません。イザヤは,そのように物事を混同することがどれほど危険かを示しています。それで,良心が何かを許しているからといって,それだけで十分だと考えてはなりません。自分の良心が,正しいことに対する見方をゆがめる考えではなく,聖書の原則によって育てられているかを確かめる必要があります。
回答 2: 聖書によって良心を育てないなら,ほかの要素によって形作られてしまうかもしれません。段落では,間違った宗教上の信条や偏見が挙げられています。つまり,ある人は自分が正しい行動をしていると感じていても,実際には間違った基準に導かれている可能性があります。それを避けるため,聖書の原則と自分の考えを比較し,必要なら喜んで修正しなければなりません。大切なのは,いつも自分の意見を守ることではなく,エホバの考え方に近づけることです。
回答 3: 悪い欲望も良心に影響を与えます。貪欲や誇り,利己心のために,聖書の原則に反していても,自分がしたいことを正当化してしまうかもしれません。それで,自分の動機を正直に調べるのは良いことです。エホバに喜ばれることを求めているのか,それとも自分のしたいことをする理由を探しているのかを考えられます。そのように自分を吟味するなら,欲望に判断を支配されずに済みます。
回答 4: 良心が,道徳的な危険を見分ける助けにならなくなることもあります。段落が強調しているように,良心は不完全で,間違うこともあるため,決して失敗しない導きとして扱うべきではありません。良心が役立つかどうかは,どのように育てるか,またどんな影響を受け入れるかにかかっています。ですから,聖書の原則を長く知っているとしても,学び続けるようにし,良心を弱めかねない傾向を矯正してもらう必要があります。
14. アダムとエバが良心の声を聞かなかったのはなぜですか?
回答 1: エバは貪欲や誇りによって判断力を曇らせたようです。エホバが与えてくださったものに満足できなくなり,エホバのようになりたいと思いました。そのため,何が善で何が悪いかを決める権利を持つのは誰かという点を見失いました。間違った欲望を育てるなら,エホバの意志をすでに知っていても,その欲望によって推論がゆがめられることがあります。
回答 2: アダムは利己的に行動しました。エホバに喜ばれることよりも,エバと一緒にいたいという願いの方が重要になったのです。命令を知らなかったのではなく,自分の願いを従順さの上に置きました。このことから,優先順位を注意深く見守る必要が分かります。良心の声を聞きたいなら,個人的な好みよりもエホバに喜ばれたいという願いを優先しなければなりません。
回答 3: 2人とも,エホバについて知っていたことよりも自分の欲望に大きく影響されました。エバの場合は貪欲と誇り,アダムの場合は利己心が目立ちました。その結果,良心の声に注意を払いませんでした。規準を知っているだけで自動的に守られるわけではありません。動機を注意深く調べ,悪い態度によって不従順の言い訳を探さないようにする必要があります。
14. ア)良心を正しく育てなかった聖書中の人物を挙げてください(「良心を育てなかった人たち」という囲みを参照)。
回答 1: 記事で挙げられている例の1つはエバです。エホバの命令を知っていましたが,蛇の影響を受け入れました。貪欲と誇りが考え方を支配するようになったようです。この例から,良心には知識だけでなく,エホバの教えに反する考えや欲望を退け,それらに入り込む余地を与えないことが必要だと分かります。
回答 2: アダムも挙げられます。エホバを知り,命じられたことも分かっていましたが,エバと一緒にいたいという願いを優先しました。利己心のために判断の仕方が損なわれました。この例から,従順よりも自分の好みを優先するなら,良心は正しく機能しないことが分かります。エホバに喜ばれたいという願いを,決定を導く最優先のものにする必要があります。
回答 3: アダムとエバの例から,エホバを知っていても良心を衰えさせることがあると分かります。2人とも,エホバが限界を定めたことを知っていましたが,間違った態度にその知識よりも大きな影響を受けました。2人について考える時,規準を知っているかだけでなく,欲望が規準とぶつかった時にどう反応するかも調べられます。そこに,エホバに良心を育ててもらっているかどうかが表れます。
15. 良心に大きな害を与えるものとして,ほかに何がありますか。聖書はどんな助言を与えていますか?
コリント第一 15:33 — だまされてはなりません。悪い交友は良い習慣を台無しにします。
回答 1: 悪い交友は良心を大きく損なうことがあります。この聖句は,悪い交友の影響によって,すでに身に付けている良い習慣が損なわれる可能性を警告しています。ですから,どんな人とも友達になっても影響を受けないと考えるのは賢明ではありません。正しいことを続けたいなら,誰と交友するかに注意し,エホバの規準への敬意を弱める影響から離れる必要があります。
回答 2: 段落は,神を退け,道徳的に無感覚になった人たちと交友する危険を強調しています。そのような人たちの考え方は,何を受け入れられるものと見るかに影響するかもしれません。それで聖書は,その人たちの生き方を取り入れず,悪い影響から離れるよう勧めています。良心を守るには,正しいことと間違ったことを学ぶだけでなく,交友相手を注意深く選ぶことも必要です。
回答 3: 良い意図があれば悪い交友の影響を受けない,と考えるべきではありません。段落が述べる通り,悪い交友は正しいことをしたいと思っている人にとっても危険です。エホバの規準を軽視する考えを頻繁に聞いていると,良心が影響を受けるかもしれません。それで,聖書の助言を真剣に受け止め,エホバが退けている行動を普通のことと考えさせる友達を避けることが大切です。
回答 4: 聖書の勧めに従うには,危険があると認めるだけでなく行動する必要があります。ある交友が良心を損なっているなら,その影響から離れなければなりません。これは,想定されている状況の若者にも当てはまります。エホバの規準に反する行動を見た時,その友達と付き合うのは自分のためにならないと認めるべきでした。良心の声を聞くとは,エホバとの友情を守るために決定を変える用意があるということです。
16. 良心の導きはどんな時に特に役立ちますか?(「聖書によって育てられた良心がどのように助けになるか」という囲みを参照。)
コリント第一 10:31 — それで,食べるにしても,飲むにしても,ほかのどんなことをするにしても,全てのことを神の栄光のためにしましょう。
回答 1: 自分の状況に直接当てはまる具体的な聖書の指示がない時に,特に役立ちます。この原則は,日常の決定でさえエホバを敬うものにすべきだと教えています。聖書によってよく育てられた良心は,行うことにこの目標を当てはめる助けになります。自分の好みだけで考えるのではなく,その決定がエホバの意志に沿い,エホバへの敬意を示すかを考えられます。
回答 2: 良心は,一般的な原則を個人的な決定に当てはめる必要がある時に助けになります。聖書は目の前の問題を正確に説明していないかもしれませんが,エホバがどのように考えるかを教えています。その原則によって良心を育てているなら,選択肢を評価できます。それで,難しい状況に直面してからエホバの基準を知ろうとするのではなく,いつも良心を訓練しておくのがよいのです。
回答 3: 不完全ではあっても,良心はエホバに喜ばれるための大きな助けになります。しかし段落は重要な条件を示しています。良心は聖書の原則に沿って育てられていなければなりません。そうでなければ,具体的な規則がない時に,個人的な好みだけで決めてしまうかもしれません。一方,よく育てられた良心は,エホバが是認することを求め,識別力が必要な事柄で責任を持って行動する助けになります。
17. ローマ 12章2節によると,エホバはどのように私たちを教えてくださいますか?
ローマ 12:2 — そして,今の体制によって形作られるのをやめてください。かえって,考え方を新しくすることによって自分を変化させましょう。それは,神の善い意志,喜ばしい完全な意志を見極めるためです。
回答 1: エホバは聖書を通して私たちを教え,考え方を変化させてくださいます。ローマ 12章2節は,行動を変えるだけでなく,内面を変化させる必要があることを示しています。エホバの教えを学び,受け入れるなら,物事をエホバの観点から評価することを学べます。それで,周囲の人々の考え方に合わせるのではなく,どんな決定がエホバに喜ばれるかをよりよく見分けられます。
回答 2: 学ぶ一つの方法は,エホバが歴史を通じてご自分の民をどのように扱ってきたかを調べることです。そうした記録から,エホバの人格や物事の見方を知ることができます。単に出来事を思い出すために学ぶのではなく,エホバをよりよく理解するために学ぶのです。その後,学んだことを決定に生かし,その知識によって良心を形作り続けることができます。
回答 3: この段落では特に,イエスの教えと手本が強調されています。それらを調べると,エホバのように考えることを学べます。ですから,イエスが何を教えたかだけでなく,どのように行動したかにも注目することが大切です。そのことをよく考えるなら,自分の考え方や決定の仕方を見直せます。こうして,イエスの生き方についての研究は私たちの良心や選択に影響を与えるようになります。
回答 4: エホバに教えていただくには,エホバに形作っていただかなければなりません。段落の粘土と陶芸家の比較は,そのような態度の大切さを強調しています。聖書を学ぶと,自分の意見のどれかを変える必要があることに気付くかもしれません。その意見に固執するのではなく,エホバの教えを受け入れられます。そうすれば,研究は単に情報を得るだけのものではなく,エホバが私たちの思いを変化させ,ますますエホバのように考えられるよう助けるものになります。
18. 幸福になり,エホバに喜ばれるために,何をしなければなりませんか?
テモテ第二 1:3 — 私は神に感謝しており,良心にやましいところなく,父祖たちがしたように神に神聖な奉仕をしています。昼も夜も捧げる祈願の中であなたを思い起こさないことはありません。
回答 1: 間違った行いをしていると良心に責められることなくエホバに仕えるために,良心を育て,守る必要があります。パウロはそのように仕えられることを高く評価していました。段落は,そのために聖書を深く学び,悪い影響を避ける必要があると説明しています。幸福は,単に自分のしたいことをすることから来るのではなく,自分の決定がエホバの是認することに調和していると分かることから来ます。
回答 2: 悪い影響から良心を守ることは不可欠です。エホバの基準を知ろうと努力しながら,同時に,ほかの考えや交友によってその基準への敬意を弱めるなら,意味がありません。自分の考え方を形作るものに注意する必要があります。害を及ぼす可能性のある影響を退けるなら,良心を敏感な状態に保ち,エホバに喜ばれる決定へと導いてもらえます。
回答 3: 聖書を深く学ぶことも必要です。良心は,エホバが正しいと考えることを自動的に見分けるようになるわけではありません。エホバの教えによって良心を教育しなければなりません。そのためには,聖書の原則を調べ,どのように適用できるかを考える必要があります。研究を,単に果たす活動ではなく決定を助けるものにするなら,良心はよりよく導けるようになります。そうすれば,エホバの是認を求めているという満足感を持ってエホバに仕えられます。
回答 4: まとめでは,互いに補い合う2つの責任が結び付けられています。良心を弱めるものを避け,聖書によって良心を強くすることです。どちらか一方だけを行うなら,良心を守る上で重要な部分を怠ることになります。良心が危険を認識し続け,正しいことを行うよう促してほしいと思います。エホバによって教育された良心の声に耳を傾けるなら,幸福になり,最も重要な意味で成功できます。つまり,エホバに喜ばれる生き方を送れるのです。
良心とは何ですか。エホバに喜ばれるためにどのように役立ちますか?
コリント第一 15:33 — だまされてはなりません。悪い交友は良い習慣を台無しにします。
回答 1: 良心とは,自分の考えや行動を評価し,それが正しいか間違っているかを見分ける能力です。よく教育された良心は,エホバが是認することを選ぶよう助けます。しかし,良心を守らなければなりません。悪い交友についての警告は,他の人が私たちの行動に悪い影響を与える可能性を示しています。ですから,聖書を学ぶだけでなく,正しいことに対する感覚を弱める恐れのある影響を避ける必要があります。
回答 2: 良心は,行動を吟味できるようにしてくれるエホバからの贈り物です。間違いに気付く助けになるだけでなく,行動する前に危険を察知する助けにもなります。そのため,良心は煙感知器に例えられましたが,煙感知器よりも早く知らせることがあります。聖書の原則によって良心を教育し,その警告に耳を傾けるなら,罪につながりエホバとの友情を損なう恐れのある歩みを避けられます。
回答 3: 良心は,悪いことを退けるだけでなく,良いことを選ぶ助けにもなります。これは重要な違いです。間違いを避けるだけでなく,エホバを喜ばせる決定をしたいと思っています。そのためには,エホバの考え方を知る必要があります。聖書によって良心をよく教育すればするほど,エホバの意志に沿うように欲望,優先順位,行動を方向付ける助けになります。
回答 4: 良心はエホバに喜ばれることへと導けますが,絶対に間違わないわけではありません。誇り,利己心,悪い欲望,悪い交友の影響を受けることがあります。ですから,ある決定について安心しているというだけでは十分ではありません。聖書の原則を考慮して決定したかどうかを確かめる必要があります。そうすれば,個人的な感情だけでなく,エホバの教えに基づいて確信を持てます。
ヘブライ 5章14節はどんな意味ですか?
ヘブライ 5:14 — 一方,固い食物は,十分に成長した人のためのものです。そのような人は,使うことによって識別力を訓練したので,正しいことも悪いことも見分けることができます。
回答 1: 霊的な成熟には訓練が必要だという意味です。深い真理や聖書の原則を理解し,決定するときに何度も用いる必要があります。その実践によって良心が教育され,識別力が向上します。聖書が何と述べているかを知るだけでは十分ではありません。聖書の教えに行動を導いてもらい,エホバが正しいと考えることを見分けられるようにする必要があります。
回答 2: 固い食物は,聖書のより深い真理とその原則を表しています。それによって良心がしっかりした基盤を持てるようになります。特定の規則がない状況が生じたとき,原則があれば筋道立てて考えられます。ですからこの節は,基本的な知識を得るだけで満足せず,エホバの意志をよりよく理解したいという願いを持って学ぶよう勧めています。
回答 3: 成熟した人は,エホバの人格や考え方をよく知っています。そのため,エホバが自分の行動をどう見るかを前もって考えられます。成熟していることは,決定するときに聖書の原則を考慮することに表れます。これは私たちに具体的な目標を与えます。単に多くを知るためではなく,エホバをよりよく知り,その知識が個人的な決定に影響するように学ぶことです。
回答 4: 実践するとは,聖書の原則を繰り返し用いることです。一つ一つの決定の際に,エホバはどう考えるかを自問し,聖書が教えていることを分析し,それに沿って行動できます。こうして識別力が訓練されます。それは一度身に付けば終わりというものではありません。正しいことと間違ったことをより明確に見分けられるよう,良心を使い,教育し続けなければなりません。
聖書に何も述べられていない事柄について,良心はどのように良い決定をする助けになりますか?
ローマ 12:2 — そして,今の体制によって形作られるのをやめてください。かえって,考え方を新しくすることによって自分を変化させましょう。それは,神の善い意志,喜ばしい完全な意志を見極めるためです。
回答 1: 特定の規則がないとき,よく教育された良心は,エホバの考え方を当てはめる助けになります。ローマ 12章2節は,エホバの意志を見極めるために思いを変化させる必要を強調しています。聖書によってその変化を遂げるなら,自分の好みや周囲の習慣だけでなく,聖書の原則に基づいて選択肢を評価できます。
回答 2: 聖書の原則を自分の状況に結び付ける助けになります。そのために,動機や意図,住んでいる地域である習慣が持つ意味などを考える必要があります。だからこそ,2人のクリスチャンが異なる決定をし,どちらも良心に責められないということがあります。重要なのは,それぞれが自分の状況を調べ,エホバの原則を尊重していることを確かめたかどうかです。
回答 3: 良心は,ある決定がエホバとの友情に及ぼす影響を予測する助けになります。そのためには,聖書から学ぶこと,特にイエスの教えと手本によって良心を養う必要があります。そうすれば,エホバの見方をよりよく知ることができます。自分の状況を直接扱った指示が見つからなくても,エホバに喜ばれる方法を選ぶための確かな基盤を持てます。
回答 4: 乾杯をめぐる2人の兄弟の例は,良心がどのように働くかを示しています。2人ともエホバを喜ばせたいと思っていますが,一人は社交的な祝いの場に,他方は中立の立場に関わる国家主義的な発言に直面しています。良心はその違いを認識し,それに応じて行動するよう助けます。教訓は,他の人がしていることに自動的に従って決定するのではなく,聖書の原則に照らして自分の状況を調べるべきだということです。
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